第百八話 前世の記憶③
『教授が捕まり、これで一件落着だな』
『……そうだな』
教授が警察に逮捕され、一週間程経った。大学のカフェテリアで、向かい側に座った友達がしみじみと語る。友達は教授を逮捕させる迄、色々と奔走してくれた。彼が差し出すスマホの画面には、教授に関する記事が並んでいる。確かに教授は逮捕された。終わった筈である。
しかし何とも腑に落ちないことがあるのだ。俺は歯切れの悪い返事をした。
『如何した? 浮かない顔をしているぞ?』
友達は怪訝そうな顔で俺に質問をする。俺の返事から何かあると察したようだ。
『嗚呼、まあ……その少し気になることが……あるような?』
教授を逮捕された。何も気にすることは無い筈である。だが俺には気になることがあるのだ。しかし確証はない。漠然とした状況では、悪戯に友達を不安にさせるだろう。俺の勘違いということも十分にある。教授の件で発言に些か、過敏になっている可能もあるのだ。
俺は首を傾げ、曖昧な返事をする。
『そうか……まあ、何かあれば俺に相談をしろよな? 友達だろう?』
深く追及することもなく、友達は頷いた。俺が確信を得た後に、報告することを信じて疑わないようだ。
『嗚呼、ありがとう』
信じてくれている人が居るというとは、心強い。俺は友達に頷いた。
〇
『……うっ……』
潮の香と共に、湿った空気が俺の頬を撫でた。沈んでいた意識が浮き上がる。
『……あ、あれ?』
此処が屋外なのか室内なのかも分からない。現時刻が夜だからか、俺の視界に広がるのは暗闇だけだ。横になっている状態から体を動かそうにも、体に力が入らない。重力に負けたように四肢を放り出している。唯一動くのは視線だけだ。
しかしその視界も暗闇が広がるだけで、何も情報を得ることは出来ない。此処は何処で、俺は何故このような状況で倒れているのだろう。記憶を辿ろうにも全く思い出すことが出来ない。
分かることは倒れている状態だが、頭痛に眩暈や気分の悪さを感じることだ。
『嗚呼、目が覚めたか……』
『……っ……』
頭上から機械的な男の声が響き、一筋の光が差した。男の姿を確認しようと視線を送るが、灯りは男の背後から照らしている。逆光の所為で、男の姿を確認することは出来ない。黒いシルエットが、ぼんやりと見えるだけだ。
『君のことを見誤っていたようだ……評価を見直す必要があるようだ』
『な、なにを……』
男は意味不明な言葉を呟くと、俺を抱えた。その振動により、頭痛と気分の悪さは増す。男の行動に俺は思わず声を上げた。男の目的は何なのだ。
『君は泥酔状態で海に落ちる』
俺の問に答えると同時に、男の手が離れた。
『……え……』
重力に従って、俺の体は下へて落ちる。
抵抗することも出来なく、暗闇の液体が俺を飲み込んだ。




