第百七話 前世の記憶②
『……っ、ひっ!』
『教授。そういう威圧的な態度は、教育者としても研究者としても失格です』
先輩は教授の怒声に短く悲鳴を上げた。俺は先輩の前に体をずらし、教授からの視線を遮る。
本来ならば、先輩には他の場所で待機をしていて欲しかった。しかし同席することは、先輩のたっての願いである。教授を問い詰めるにあたり、被害者本人である先輩が同席してくれることは助かるが精神状態が心配だ。
『別にいいじゃないか! 俺が発表した方が皆、注目する! 現に専門誌でもテレビでも俺が称賛されている! そんな女が発表するよりも、俺が有効活用してやった方が研究内容だって、論文だって喜ぶだろう!?』
『それは貴方の一方的な考えだ。人の努力を何だと思っている?』
教授の発言は目に余る。思わず冷静さを欠き、俺の口調が乱れた。
研究を重ね論文を書くことが、どれ程の用力と時間を有するのか理解しているのだろうか。いや、理解などしている筈がない。真に理解しているならば、人の努力の結晶を奪い自身の物として発表することはないのだ。理解していないからこそ、この様な愚行に走ったのだろう。
この様な状況でも、一つだけ幸いなことがある。
それは先輩が研究内容や論文を対価に、教授から何か受け取ってはいないことだ。これにより先輩が完全に被害者であることが、証明される。万が一何かを対価として受け取っていたならば、先輩も共犯者扱いをされた可能性があるからだ。
先程教授が『裏切ったな』という発言は、口止めをしていたにも拘らず。先輩が教授の悪事を暴露したことに関しての発言である。このことは、先輩から事前に説明を受けていた。教授は先輩に対して暴言や怒声を使い、研究内容や論文を取り上げていたそうだ。その様子は先程のやり取りでも証明されている。
つまり、脅され一方的に搾取され利用されたのだ。
『う! 五月蠅い!! 俺は優秀な人材だ! 選ばれし者だ!!』
理性の欠片もない発言を叫ぶ教授。日頃の講義でも癇に障る行動は数えればきりがないが、妄言を吐く姿は見るに堪えない。
『それから……研究費を横領していたことも確認が取れています。警察の方々にも来て頂いています』
俺の口調が乱れたことにより、友達が俺に代わり止めの一言を告げた。それと同時に研究室の扉が開き、待機をしていた警察官たちが教授を捕まえた。
『な……ち、違う! 俺は……正しいことをしただけだ!! 俺は選ばれた者であり、成すべきこと成しただけだ!!』
警察官たちに掴まれながら、教授は研究室を後にした。
研究室の扉が閉まり、問題は解決した筈だ。しかし何故か釈然としない気持ちが残った。




