第百二話 脱出④
「ははは!! 如何だ? 苦しいか? 恐ろしいか!?」
耳障りな怒鳴り声が響く。俺を処分出来ることが嬉しいようだ。子どもの様な幼稚な言葉を並び立てる。五月蠅いことこの上ない。
「いいえ、全く。素敵な『プレゼント』をありがとうございます」
クロッマー侯爵の悪意に皮肉で答える。こちらが困ったり弱ったりすれば、黒幕を喜ばせるだけだ。俺の顔色は酷いものだろうが、口に笑みを浮かべ皮肉を口にした。
俺が酒を苦手であるという情報が、潜入した黒幕の配下ならば全ての説明がつく。
だがそれと同時に不可解な点もある。教師として潜入しているならば、俺がリベリーナの無実を証明する数々の証拠に細工を加えることも可能だ。イリーナがクロッマー侯爵の駒ならば、イリーナが優位に働くことにも協力するだろう。特に鍵の貸し出し名簿やロッカーは細工が可能である。
しかし、それは行われなかった。
更に言えばイリーナと元王太子たちが追い詰められても、黒幕の配下の教師は手助けをしなかったのだ。俺としては助かったが、形勢が不利だと見て介入しなかったのかもしれない。
それにしても、黒幕の配下が主の目的を達成させる為に動かないのは不可解である。主であるクロッマー侯爵が優位なる様に、情報操作や細工が可能な場面でその働きかけがない。クロッマー侯爵は俺へ執拗に勧誘活動を行っていた為、意図的に証拠品に細工をしない指示を出した訳ではない。逆にクロッマー侯爵ならば喜んで、証拠品の細工を指示するだろう。黒幕の配下の教師の行動は不可解である。
その教師を特定することが出来れば良いが、俺は顔を覚えていないのだ。手伝い中に気分が悪くなり、裏方で倒れたところを助けられた。その時の記憶は酷く朧気である。何か会話をした様な気がするが、目を覚ましたら医務室のベッドの中だったのだ。
後日、礼を伝える為にその教師を探したが見付からなかった。学園の教師たちは品行方正であり謙虚である。助けたことに対して、自ら名乗り出るということはない。
不測の事態だった為、仕方ないとはいえ教師の顔や特徴を覚えていないことは失態である。黒幕の配下が未だ学園の教師として潜入しているかもしれないが、卒業パーティーの件で騎士団の捜査を恐れ辞職したかもしれない。
「瘦せ我慢を!! この私に逆らうのが全てわるいのだ!!」
クロッマー侯爵は俺の返事が気に入らなかったようだ。扉を激しく叩いた。
「クロッマー侯爵様! 全部、割終わりました!」
「おお!! そうか!! よくやった!!」
ハリソン伯爵が報告すると、クロッマー侯爵は喜びの声を上げた。喜怒哀楽が激しい人間である。酒樽を叩き割る音が止んでいることからも、カウントダウンの時間が迫っているのだろう。
「我々はこれで失礼するよ。ロイド・クライン。最期に言い残すことはあるかね?」
急に落ち着きを取り戻したクロッマー侯爵が俺に問いかける。本当に絵に描いたような黒幕らしい台詞だ。
「私は約束を守りますよ」
何の約束とは名言しない。主語を付けずとも通じる筈である。約束とは『証言』すると了承した件だ。勿論、クロッマー侯爵とハリソン伯爵の悪事を『証言』することである。
「戯言を……まあ、恨むなら鎖で扉を封じた第二王子を恨むのだな!!」
俺の言葉を聞くと、小さく唸り声を上げた。しかしこの状況から俺が脱することは不可能であると思っているようだ。クロッマー侯爵自身が指示を出し俺を処分しようとしているというのに、この期に及んで第二王子の所為であると主張する。流石は黒幕である小賢しい。
鎖の件を口にすると、笑い声を残しクロッマー侯爵とハリソン伯爵は立ち去った。




