第百話 脱出②
「ロイド・クライン。大人しく言うことを聞いていれば、長生きできたものを……愚かな男だな」
「……私は自身の信条に従った迄のこと……」
俺を小馬鹿にするようにクロッマー侯爵が鼻で笑う。リベリーナを再び貶めようと企む黒幕に協力して、生き延びるなど最大の屈辱である。俺は酒の臭いで体調が悪くなっていることを悟られれば、クロッマー侯爵を喜ばせるだけだ。苦しい状態ながらも、平静を装い返事をする。
正直な話、早く立ち去って欲しい。だがハリソン伯爵が樽を破壊する音が響いていることから、『プレゼント』の酒樽は沢山あるようだ。クロッマー侯爵は俺が処分されることに対して、怯え命乞いをすることを期待しているのかもしれない。しかしそれは無駄な期待である。
「それが愚かだというのだ」
クロッマー侯爵は俺の意見を切り捨てた。元々、リベリーナを貶めようと画策した悪人である。初めから俺と意見が合うとは期待していない。
「それは貴方ですよ。……この建物を燃やせば、王城中に御自身の存在を知らせますよ?」
俺の処分方法はこの大量の酒に火をつけ、この離宮ごと俺を葬る気なのだ。しかし今は未だ夜中である。深い闇夜に、火を放てば嫌でも注目を浴びるだろう。
加えて、此処は王城の敷地内である。幾ら侯爵だからとはいえ、勝手な行動は出来ない筈だ。第二王子たちを陽動作戦で遠ざけたとしても、王城には騎士団員が沢山いる。彼らが駆け付けるだろう。更に言えば騎士団員以外にも、王城には明日のパーティーに招かれた貴族たちも居るのだ。火が付いた際に不在ならば、放火に関して疑われても文句は言えない。
「その通りだ。だが、誰かが気が付く前に我々は此処を去る。我々が去る寸前に火を灯した弓矢を放ち、酒に引火させるのだ。そして『私は離宮が燃えるのを王城の一室から見えていた』と皆、証言をしてくれる。貴様と違って誠実で忠義に厚い者たちが居るのでな」
「…………」
用意周到である上に、俺への嫌味を吐く。黒幕派の配下は王城内にも配置され、パーティーの招待客にもいるようだ。虚偽の証人も用意していることからも、第二王子派が陽動作戦に嵌められたのも頷ける。全く奸智の働くことだ。
「嗚呼……そうだ。この酒は我がクロッマー侯爵家の自慢のワインだ。本来ならば、地方男爵家の三男坊である貴様ではお目にかかれない品だ」
「……そうですか」
悪臭と言っても過言ではないワインの臭いに嫌になる。こんな物ならば一生お目にかかれなくて言い。クロッマー侯爵領地で作られている酒だからか、いつもよりも臭いが酷い気がする。俺は適当な相槌を打つ。その胸中は、早く此処から出て行ってくれである。
「最期に、度数が高く貴重な超高級の酒を飲むことが出来て良かったな? 嗚呼、グラスは用意していない。床に這いつくばって飲んでくれ、酒の苦手な貴様の為に用意した『プレゼント』なのだからな!」
「っ!?」
クロッマー侯爵は酒に酔った様に上機嫌で声を張り上げた。邪魔で都合の悪い存在である俺を処分することが出来るのが嬉しいのだろう。だが人の苦手な物を『プレゼント』と偽り、押し付けてくるなど迷惑行為である。
そして一番気になるのが、何故クロッマー侯爵は俺が酒を苦手だと知っているかだ。




