第十話 追撃⑦
「そ、そんな……私が……犯人だなんて……酷いです……」
「そうだ! 地方貴族風情が僕の大切なイリーナを犯人呼ばわりするなど! 身の程を弁えろ!」
目を潤ませ王太子に縋りつくイリーナ。白々しい真似が良く出来たものだ。そして彼女の演技を真に受けた王太子は、俺に対して怒鳴り散らす。あれだけの証拠を並べても、一切疑う心を持たないのはある意味天才かもしれない。いやこの場合、この国にとっての『天災』だろう。
「そういう茶番はもう結構です。犯人はイリーナ・フォロン子爵令嬢、貴女しか考えられません」
俺は笑顔を貼り付けたまま、王太子とイリーナの二人を冷めた目で見る。いい加減、このやり取りには飽き飽きなのだ。
「では……何故そのような酷いことを言うのですか?」
「先ずは、何も違和感を持たせずにドレスを持ち出せるのは貴女しか居ないからです」
王太子に抱きつきながらも、鋭い目で俺を睨むイリーナ。言葉こそ丁寧だが言えるものなら言ってみろと高圧的な態度である。
「そんな物、誰でも持ち出せるだろ! 例えば寮の同室だというその女にリベリーナが命じれば……」
「それならばバラボさんが、いの一番にそのことについて証言するでしょう。それが出てない時点でそのことは考えられません」
王太子の思いつきのような発言に頭が痛くなるのを感じる。何処までもイリーナのことを贔屓したいらしい。俺は王太子の馬鹿な案を即座に否定する。
仮にそのような有力な証言をエマがしない方が可笑しいだろう。リベリーナを断罪し糾弾するこの場で最重要の証言になるのだから。しかしそれが出ないというのに、馬鹿げた狂言で場を混乱さないでいただきたい。
この馬鹿げた断罪タイムを俺は早く終わらせたいのだ。変な横槍を入れるのは止めて欲しい。
「この地図をご覧ください。本来、学園と寮までは普通に徒歩で移動した場合。往復で一時間、片道で30分かかります。しかし女子寮から教室まで直線距離で片道10分です。つまりドレスを寮から持ち出し、教室へ行きドレスを破りロッカーに隠し寮に戻るまで20分で行うことが可能です」
俺はスーツの上着から一枚の紙を見せる。そこには、学園と女子寮の地図が描かれている。そして女子寮の門から教室までを大きくコの字で青いペンで、対して女子寮から教室までを直線の赤いペンが引かれている。
この学園は創設者の考えにより、心身ともに優れた人物を育成するべく学園の敷地が広大である。その為、学園の左右に存在する女子寮・男子寮へは片道30分程の道のりだ。
だが、直線距離にしてしまえば、かなり時間を短縮することが可能である。
「ですが……寮と学園を隔てる塀は高く、とても私には乗り越えることは出来ません」
「有事の際に使用する門があります。ここを通れば高い塀を越える力も時間のロスもありません。因みに鍵は掛かっていませんでした。このことについては学園長と守衛の方々に確認済みです」
か弱い女を演じるイリーナだが、そこも潰していく。学園と寮はお互いに、緊急事態が発生した場合に避難する為に門を設置している。更に門は緊急事態を想定している為、鍵はかけていない。学園と寮が隣り合っている為の処置である。遅刻を逃れる為や、創立者の考えに背く生徒は居ないことを前提としている為、門の存在を知っていても利用する者はいない。
それをイリーナは利用した。極個人的な『リベリーナを貶める』という目的の為だけに利用したのだ。
「……っ、でも……」
「長時間部屋を空ければ、同室のバボラさんに不審がられてしまう。貴女はバボラさんが寝た後に、急ぎドレスを持ち出した。そして門を通り教室でドレスを破り、ロッカーに隠し来た道を急ぎ戻り寮へと帰った。全ては上手くいく筈だった。……しかし、暗くてロッカーを間違えてしまった」
イリーナが何か反論を口にする前に退路を断つ。これ以上言い訳をされて逃げられるのは御免である。イリーナの4日前の晩の行動を告げていく。
「そ、その……」
「本来ならばランタンを持てば、違和感に気づけたかもしれません。だが誰にも気づかれないようにする為には、光源を持つことはリスクを上げることになる。だから貴女は月明かりを頼りに犯行に及んだ」
暗闇でランプが揺れれば、周囲から不審がられるのは必至である。万が一にでも顔を見られれば、この計画は無に帰す。それどころか彼女の評判を落とす要素になるだろう。一応その辺りのことは考慮して行動したようだ。
「わ、私は……」
「大丈夫ですよ。先程のバボラさんが仰っていたように『人間だから間違う』のですから大丈夫ですよ。イリーナ様がご自身のドレスを破り、リベリーナ様のネームプレートが掛かった王太子殿下のロッカーにその破いたドレスを入れても……間違ってしまっただけですよね? リベリーナ様を陥れる為に彼女のロッカーと間違えてしまったのでしょう?」
必死に弁解する言葉を探すイリーナ。先程までの余裕が噓のようである。俺はわざとらしく首を傾げて同意を求める。これは質問ではなく只の確認作業だ。
「……っ! ち、違います! 私ではありません!!」
「そうだ!! 愛しいイリーナがそんなことをするわけがない!!」
此処で己の罪を認めれば、立場がなくなるからだろう。イリーナな俺の発言を否定した。それと同時に『てんさい』である王太子も同意する。鬱陶しいこと極まりないのだが、利用させてもらおう。
俺にはイリーナが犯人であるという決定的な証拠がある。だがその証拠を出させる為には、少しだけ障害がある。それを取り除く為には、あと一押しが必要だ。
「いえ、イリーナ様が犯人です」
「だったら! 証拠を見せてみろ! お前が言うようにイリーナが犯人だという動かぬ証を今すぐに!!」
俺は敢えて笑顔で王太子を否定し、イリーナが犯人であると再度告げる。すると怒り心頭の王太子は顔を真っ赤にして、俺が一番欲しかった言葉を口にした。




