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桑都エケベリア  作者: 富良原 清美
2,その出会い
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2-3,その出会い

次→4月29日(火)20時


今日のは区切りが微妙かもです……


はずだった。

いつまでも攻撃がやってこない。どころか、世界は「攻撃」の対義語かと思われるほどシーンとしていた。夜の静寂がうるさいほどで、暗闇の寒さが沁みるほどだった。

「……確かにそいつは貴方様をお呼びでしたが、決着をつけさせてはいただけぬのですか」


「我らが主、高尾の神」

「ちなみに、『千寿菊」ってどういう意味?」

燧石が一面燃やしていたはずの草むらは、気付かぬうちに鎮火され、草の焦げる臭いだけが辺りに漂っていた。

真夜中の暗闇は既に先程までの明るさを忘れ、元の静けさに戻っている。

さらさらと川の流れる音が聞こえる。

少し雪が降っている。変わらず輝いているはずの月は、先程よりも控えめな主張をしているように思われる。

「あぁ、あー……私の戯言です。ところで、いつからいらっしゃったのですか」

燧石は歯車仕掛けの翼をしまい、ふわりと草むらに降り立つ。

金の髪留めを少し動かし、首をぽりぽりと掻く。高尾は、意識が朦朧としている私の肩を支えたままその質問を意に介さず、

「ラクシュミィ、ねえ、おはよう?」

「ん……あ、たがぉ」

「あぁ、煙を吸いすぎたんだね、ラクシュミィ。喉を焼いたら後が痛いよ。これからは、ね。環境による体への影響も少しずつ覚えていかなきゃ」

「あ゛の……っごほッ、ぞごは、どうやって見れば」

「そうだね、まずは君の家に戻ろうか。そのくらいの怪我ならなんて事ないでしょ」

高尾はなんてことなさそうに立ち上がり、手袋についた煤を払う。

全身が痛む。

高尾は、私の喉が焼けていると言っていたか。確かに高尾とのやり取りではもっと酷い怪我をしたこともあったが、火傷の感覚は初めてだ。びりびりとした痛さが思考を奪う。

(でも、もう立てる)

急がねば。

差し出される手を取って立ち上がる。乾燥した手のひら。

「ん?」

「おら」

高尾かと思えば燧石である。水分を含んだ赤髪がほどけて、ぼたぼたと重そうだ。

咳が出る。ひと段落してからぽつりと尋ねる。

「とどめは、もういいの」

「主の目の前でンなことできるか。行くぞ」

さっきまで痴女だと罵られていた相手にエスコートされている……。

赤髪の態度大逆転ぶりに驚きつつ、貸してくれる肩なら借りる。痛みが少しでも緩和され、気持ち歩きやすい。

目の前をスタスタ行く高尾について行きつつ、呼吸を整えて会話を続ける。

「随分と崇められで……っげほっ、いるのね。高尾様は」

「うーん?それよりも、ラクシュミィは凄いね。お口付けから戻ってくるのがとても早くてびっくりしたよ。普通は記憶の混濁が治まるまでに一晩は使うんだけど」

なんとなくキャッチボールしていない会話に安心を覚える。

(というか、この、燧石だったっけか。こいつは会話についていけてんのか?)

ちらりと顔を除くと、こやつは納得、といった表情を浮かべ、ぶつぶつ呟いている。

「ラクシュミィ……確かインドの女神……き、きち……あぁ、吉祥天だ。不法侵入かと勘違いしていたが本当にお口付けを……主がおっしゃるからには間違いはないか……」

タコ指人外、「主」って呼ばれてるのかよ。そこが一番びっくりである。

(高尾さんは、あれか……?女の前では態度が変わるタイプだったのか……?)

目の前を歩く高尾がぐしゅ、とくしゃみをする。癖あんな、くしゃみ。

畑のあぜ道を上がる。農家の側を上る。きつめの坂道を上り、やっと吉松院まで戻ってくる。

「さて、ラクシュミィ。君は今夜、ご機嫌な神の世界にお口付けしたわけだが、何も別世界という訳では無い。層を一つ、布を一枚隔てただけだと言っても良い」

「底の……覗き方は」

「焦らないで、すぐ教えるから……口と底を隔てる布。糸と糸の隙間から、神は人々を見下ろすことが出来る。世界は糸で隔たっている。イメージして……目の前の糸の隙間を広げる感じだよ。瞳孔を開いて、空間に指をねじ込んでみて」

「え?あ……う、うん?」

「主。お言葉ですが」

全然理解できていない私に痺れを切らし、燧石が助け舟を入れる。

「編み目をずらすには慣れが要ります。今すぐできるものでは無いかと」

「まあ、そうか。七福神でも年単位でかかったもんねぇ……うん。じゃあ毘沙門君」

「はい」

「後はよろしく。仲直りしといて」

「………………………………………………………………………………………はい」

間、なっが。

「え?ちょっと、たかお」

高尾はすたすたと帰っていってしまった。

ぽつん、と。夜中の寺に二人きり。

底の様子を見なければ、と焦る気持ちに不安が混じる。そろそろ明け方も近いのではないか?

「あー、女。そういう訳だ。」

気まずそうに、義務的に。燧石が口を開く。

「え、あの、底を見るには」

「……主から仰せつかった事だ。俺が編み目を広げるから、一緒に見るぞ」

こやつは歩き慣れたように暗い境内を進む。「人の寺」発言については後で問うとして、静かな道をエスコートされる。

「…………」

……静かなものだ。人も、鳥も、虫も。なんの存在も感じない。代わりに感じるのは己の体。寒さに耳を赤くして、呼吸をして、足を動かしている私の体。

底では、あんな事が……あった吉松院。こちらの世界ではいつも通り、静かに佇んでいる。

燧石が不意に立ち止まる。

「ここでいいか。そこ、座ンな」

「ん……」

入口から坂を少し上がった、少し開けた空間。その端にぽつんと置かれている椅子に腰掛ける。社務所兼自宅のちょうど向かいだ。

どす、と砂利の地面に胡座をかく赤髪。

「えと、そこに座るのは痛くない?」

「二人座る場所はねェだろ」

「まあ、うん」

「俺だってあんまり編み目広げンのやったことねんだよなぁ……っと」

ぼやいていた の目つきがすっと変わる。

(ん?なんか、こいつの目)

何だろう。こいつの目に何か、目の前のもの以外の何かが映っている。

燧石の顔を覗き込む。糸?糸、だろうか。

(こいつの瞳に糸が張っている……?これが、編み目を開くって事なの?)

「あぁ、なるほどこれは……」

何かを察したような反応。こいつが今何を見たのかは明白だ。

「……っ!」

「焦んな。今見せてやる」

「は、早く」

「焦んなって言ってンだろ」

燧石がこちらを振り向く。

「おわっ……!」

正面から見ると、その瞳にちょっと驚かされる。

月夜に照らされて爛々と輝いていたはずの赤い瞳が糸でぐるぐる巻き、まるで糸巻きに変わってしまったかのようだ。

「編み目の拡張ってどうやンだっけ、指か……?いや、二人で見るには小さいか」

「そ、それ、どうやってるの……?」

「あ?慣れだ」

正面に向けて指をこねくり回していた燧石はふむ、と考えて手のひらを前へ伸ばす。

「これでいけッかな……おい」

「あ、うん」

「見ンだよな、これ」

雪が積もっている。白く、薄暗く、静か。

「……うん。」

「……」

「そのために、ここに来た」

「そうか」

はそれだけ言うと玉葱を一つ、空間に放つ。ピンと指ではじかれ、飛び出す玉葱は目の前数メートル。球体の中心に穴が空く。


次→4月29日(火)20時


カクヨムでも投稿予定です。同じ名前です。好きな方で読んでいただけますと。


執筆用のツイッターはじめました。(@Huraharakiyomi)

ここまで読んでいただける皆様ならきっと仲良くなれると思います。


では。

JKよりJD派の富良原より

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