2-2,その出会い
次→4月26日(土)20時
初投稿作品です。大いに褒めてください。
手すりも、地面も、木っ端微塵。いっそ清々しいほどの土埃のたちようが、静かな雪景色の中で異質に見える。
ばさ、どさどさ、と音がする。赤髪がその音に気づき見ると、ぼろぼろの着物が吹っ飛び、茂みに落ちているのが見える。
確認した赤髪はほっと一息つく。
「あーったく……寺がめちゃくちゃじゃねえか、しかも雪の日の夜中。何だったんだあいつ」
赤髪は土埃に咳き込み、手すりだったものを拾い片付ける。一個、二個。三個。
「よっ……と。痴女の頭部残ってっかなあ……」
四個。
五個。
六個。
「………………ん?」
「-綺麗にね」
「は、う゛っ!?」
ラッキー。違和感に気づくのが遅すぎだ、あの赤髪は。
首根っこを掴んで投げ飛ばす。手すりだった木片が再び地面に散る。そう、坂の中間、左手。ここは、見晴台。
「おまっ……!?」
よーい
「シィッ!!」
無防備に放られる赤髪の背中を追いかけて一撃。意外と華奢じゃん。なかなかの回転速度を見極めて背中へ、玉葱大の弾をゼロ距離で一発。コスパが良くてよろしい。
弾の威力はそこまで無いが、ここは丘の上。放られ、斜め前、下向きの力を加えられた赤髪は下へ、下へ。
「雪の日ってのに暑苦しいのよ。水被って冷やしてて」
調整ぴったり。ぼしゃっ、と。浅川に落ちた音がする。目視で確認してから一息つく。
(あっぶなかったぁ……)
見晴台の腰掛け椅子に座り込む。余裕は全くなかった。赤髪も大分冷静じゃなかったし、それで勝ったと思って大弾を撃ったのだろう。手すりにぶつけて威力を相殺したから何とか見晴台で奇襲できた。
ただし、着物にも肌にも傷が出来てしまっているし、脚も打ってしまった。ところどころに火傷跡や血が滲んでいる。
一番でかいのは、羽織っていた着物の一枚を無駄にしてしまったことだ。撹乱にもなっただろうし体も軽くなったのだが、うーん。
(着物、仕立て直さなきゃなあ。)
結構気に入っているのだ。十二単とまではいかないが、何枚も重ね着している着物の配色に、私は密かにこだわりを持っていた。
一枚分軽くなった着物の袖に埃が着いている。ふう、と息をついて埃をはたく。
(だから玉葱遊なんか嫌いなんだ。高尾もよくこんな遊び好きになれ……)
あ、高尾。
そうだ。思い返せば、高尾と会っていた気がする。曖昧だが。どんな会話をしていたかは……だめだ、思い出せない。
ずきん、と頭だか心だかが鈍く痛む。
(というか、ここ外だし……外でも体があるって異常だし……高尾が関わってるってことだよな……多分)
冷静になってみると、なぜ私が体を持っているのか分からない。手のひらをぐーぱーしてみる。動く。夜風が寒い。
いったん落ち着いて、できれば高尾に話を聞いて、状況を思い出したい。
あいつは誰だ?
私はなぜ体を持っている?
体を持って、なぜここにいられる?
「……たーかおー?」
期待薄に鳥居に呼びかけてみる。返事は無い。見ている気配も感じられない。
「たーかおー……」
振り返って寺の方に声をかけてみる。まだおさまらない土埃に雪。期待薄。動くような影は無い。
高尾はいない。となると。
(いやー、うーん……気が乗らないなあ……)
でもまあ、これしかないよなぁ。
意を決してふわり、と丘を下る。思ったより遠くにふっ飛ばしてしまったみたいだ。畑のあぜ道を下り、農家の側をぴょんと降り、下るのに結構かかった。
浅川のほとりに例の赤髪。雪空の下、びしょびしょの袖を絞っている様はなんとも寒々しい。
「あー……ねえ、高尾って知らない?」
気まずい。一応、両手を上げて近づく。赤髪は、手だけは袖を絞りつつ、川の方をぼーっと見つめている。黒っぽい着物を肩にかけているだけで、上半身は裸のようなものだ。指も耳も赤い、の割に肌は冷えて青白い。風邪ひいたらごめん。
「……高尾。知らない?聞こえてるでしょ?何見てんの?」
敵意を感じないのでとりあえずほっとする。警戒心は一応緩めずゆっくり近づき、隣に腰を下ろしてひと段落。
「その……一旦落ち着いて話をさせて。私にはどうも問題、が起こっていると思ってて。状況を整理して冷静になりたい」
聞いているのか分からないが、とりあえず話しかけてみる。雰囲気につられて、なんとなく私も気だるげに川を見つめる。赤髪が私を一瞥する。
「……あぁ。それならー」
「うん」
川を見つめている赤髪は、そのまま水気を絞っていた手を止め、
「-水で冷やすのが一番だ」
「へ、え゛っ!?」
思いっきり私を川へ殴り飛ばした。
さっき聞こえたようなバシャン、という音の代わりにゴバッ!!っという音が耳に入ってくる。冷たい水と同時に。
さっきまでの寒さが嘘のような極寒を全身に感じて、ようやく思考が追いつく。
(あの野郎、投げてくれたなっ!?)
だぁ、くっそ。奇襲されたからお返しって訳か。こいつ戦闘狂っぽいくせに殺意隠すのうますぎだろ……。一旦頭を冷やしたいのに。いや、十分冷えたんだが。ってそうじゃなくて。
「ふっ……ぶ……っごぁッ!?」
あぁ、馬鹿か私はっ。水を飲んでしまい、だいぶ手遅れだが、急ぎ水から顔を上げる。焦点が合う先には、明らかに怒っている赤髪さん。
「冷静になりたいンなら水被るのが一番だってなぁ。誰かさんが教えてくれたもんで」
「げほっげほっ……ぅえ。あー。あんたは逐一、思考の邪魔すんのね」
とりあえず川から出て袖を絞る。赤髪は私の頭上。橋の上からこちらを見下ろしている。
「何が思考だ痴女野郎。先にすンのは謝罪だろ?まだ一言も聞いてねぇんだけど?」
「美人殴り飛ばしといてそれはないんじゃない……」
「あ゛ァ!?」
せっかくひと段落つきそうだったのに、二回戦が始まりそうだ。寒いし、濡れてるし、気分は最悪だ。
(くっそもういいや。言葉選ぶのもめんどくさいし)
なんだかイライラしてきた。
「私は状況を整理したいだけ。負け犬の二回戦目やりたいなら他所でどうぞ?」
「……誰が負け犬だって?」
「玉葱遊で勝てなかったから直接殴ってきたんでしょ。顔真っ青なくせに血気盛んが過ぎるんだけど。とっととお風呂はいっておねんねしてなさい?」
まずいよなぁ……。目の前の赤髪君を、この頭の混乱とかストレスの捌け口にしてしまっている。でも、
(この……っ違和感。イライラするっ。思い出せない記憶。高尾がいれば、きっと……どこにいんだよあいつっ)
むかむかして、泣き出しそうで、でも何も思い出せないこの焦燥感。これがだめだ。いらいらする。申し訳ないが、自分のことしか考えてられない。
頭を抱えながら頭上の赤髪を煽る。水滴が頬をつたい、北風が体温を奪う。偉そうに。橋の橄欖なんかに立ってんじゃねえよ。
「おんなァ……」
ぶつ、と音がする。赤髪を結わえていた紐が切れる。
ぽちゃ、と水面に落ちる音と同時に、水に濡れた赤髪は編まれていた形を残しながら、ぼたぼたと広がっていく。
空と、水面と。揺らめく月光に挟まれた赤髪もまた、赤銅色の月のよう。もしくは-、
「……教えてやンよ。場所は奉立寺。開運勝利の神、七福神が一人、俺は毘沙門天の信心。名は燧石だッ。武神殴っといて話し合えると思うなよ……謝罪させてから、殺す。最後に勝つのは、俺だ」
「-もしくは、かまぼこ」
がりっ、ごりっ
木が擦れ合う音が、一つ、二つ。
噛み合った歯車は彼の背後で翼に展開する。赤銅色の神は宙に浮き、金色の月を後光とする。
目、ぎらぎらさせやがって。本気かよ。まあなんとも思わんけど。そんな思いが何度も頭に巡る。無理やり、巡らす。
「こんなに熱くなったのは久しぶりだよ……。二回戦目はとっておきだ。一緒に温まろうぜ?」
<デーヴァ・ロゥカ:燧石『焼夷トハ彼ノ涙』>
広い空に無数の弾幕。
「もう対等に戦おうなんて気は失せた。武神はお前を見下し、焼き尽くす」
(なんだ、これ……知らない、すごい)
首が痛い。上下に展開する玉葱遊なんてしたことがない。
玉葱もただの球体じゃなさそうだ。真っ赤で、表面がゆらゆらと不定形。そこかしこからバチバチと弾けるような音がする。頭上から降ってくるこれを避けろってか。
なんだろう、これから起こることに自信が無い。目の前の弾幕に対する恐怖心?
(……いや、違う。これは、)
-ずきずきと心臓が痛いのは、これは何だ?知らない、いや覚えていないのか?
無数の弾が自由落下以上の速さで落ちてくる。
-この知らない焦燥感は何だ?
速度ののった弾が、炎を纏う。
-ずきん、と更に心臓が跳ねる。瞳孔が開いて冷や汗がたれる。目の前への感情だと思えるのなら、どれだけ楽か。
そろそろ回避を考え始めなければ、
-こんなことしている場合じゃないと思うのは、一体なぜ?ああ、でも
(なんか綺麗……)
直後、
「がっ、うッ……!」
避けられなかった弾が、私の背中を打つ。バランスを崩し、宙に泳ぐ右腕を、弾が打つ。直撃の威力に耐えきれず、正面から地面に叩きつけられた体は弾んで、でも川には落ちずに転がって、止まる。
(あー、やっちまった……っ!?)
「爆ぜろ、女」
やつの声が聞こえる。冷たい。いや、極限まで楽しんでいる声。一切手を抜かないことを決めたかのような声。
攻撃の手が緩まない。隙がない。転がりながら体制を立て直し、低い姿勢で回避を続ける。
ガガガッ!と。紙一重で避ける弾幕が次々に地面に刺さる。攻撃持続時間が異常に長い。
(デーヴァなんとかってのが原因なのか……?それとも他にからくりが-)
「う、あ゛ぁッ!?い、痛っ!?」
突如、燃えるような痛みを感じる。腕、脚、背中にも。
(避けきれていなかった……?いや、そんなはずは。そ、それよりも次の回避をっ……!?)
回避の次の一歩を踏み出そうとして、足が止まる。
いつの間にか狭くなっていた視野が、一気に広がる。
(あ……)
私の目も、今傍から見たら真っ赤に反射しているのだろうか。
「寒い日にはおあつらえ向きのデーヴァ・ロゥカだろ?実践で使うのは初めてだったが、なかなか使えンな。玉葱で燃やされる気分はどうだ?」
周りの草むらが、余すことなく燃えている。
燃えている
「ああ、避けたのに痛みを感じたのはそういう事か」
「そ。一回自分の腕見てみ?爛れてんぞっ……はは」
視線を下ろす。着物の右袖が真っ黒に焦げ、穴が空いている。
その奥の肉は、
『だあれ?だれかいるの?』
「はッ……あぁッ!?」
「くっふふ……」
燧石と名乗る赤髪は興奮状態を隠そうともせず、不敵に笑う。木製歯車仕掛けの翼がごり、がりと何十層にも噛み合う。赤髪の神は、まるで夜の覇者かのように、月を背後に爛々と笑顔を浮かべる。
「俺の勝ちだな。やっぱり楽しいなァ、玉葱遊。極上の、至極のっ!神様の暇つぶしッ!……くっふふ、ほら、謝れよ、女ァ」
『えっあ、ああ、い、い゛やあぁっ!?おどうざんッおがあざんッねえっねえいやああっ』
「……おい、女?」
「ぁ……ぁ、あれ?」
足元まで炎がなめる。煙を吸ってしまったらしい喉が痛みを訴える。気がついた時には咳き込んでいる。
『ねぇ、はやぐっはやぐぅっ!もえちゃうがらぁ!っひゅっげホッ』
「ぁ……っひゅッ、がッ……ガ、げホッげホッ」
(あ、そうだ。)
ここは、底じゃなかったな。お口なんだから他の神だっているに決まってるじゃないか。
『たかお、私はお口付けします』
「そうだよ。知恵の実。幼虫は蛹へ」
膝をつく。吉松院は向こうの方角。底を覗くには、どうしたらいいんだ?
「……おい女、どうしたんだよ?なんかおかしいぞ?」
どちらかと言えば、相手の戦意喪失ぶりにがっかりしている、というような声。
「膝まで火傷したいンかぁ?」
『君はその意思で何を望む?』
「たかぉ、私は決めたのです」
『僕の何十年を、拒み続けた永遠を、今更宿して何をする?』
「私は、人の情ですから」
情のために何ができる?
「神は、何もできませんから」
草むらと炎と煙の奥に、吉松院。ここからじゃほとんど見えやしない。
「せめて、このくらいはしませんと」
視界が滲む。
遠くのあそこが燃えている。
人々が騒ぐ。
男たちが川から水を汲む。
(……行かなければ)
爛れた腕を抱え、
-立てない。
(……行かなければ)
足に力を込めて、
-立てない。
「……ぅ、行かなければぁ」
立てない。
「分かんねぇんだよ、女。もういい?……デーヴァ・ロゥカ」
赤胴色を纏った今夜の覇者は腕を広げる。左右に炎をまとった数十の弾幕。花びらのように、ふわりと展開する。
彼は、そのあっけない終わり方に少し残念がり、また優越感に浸り、目下の女神を見下ろす。今宵最も輝く、真っ赤な目。
「痴女だかはもうどうでもいいけどさ。やっぱりてめぇには千寿菊がお似合いだよ」
-腕を振り下ろす。弾幕が私を、そう。ユキヨノクチドケを襲う。
次→4月26日(土)20時
カクヨムでも投稿予定です。同じ名前です。好きな方で読んでいただけますと。
執筆用のツイッターはじめました。(@Huraharakiyomi)
ここまで読んでいただける皆様ならきっと仲良くなれると思います。
では。
JKよりJD派の富良原より