弟妹との手紙
「和成君は、日本語より英語の方が楽みたいね。点数なんて、ほぼ100点じゃない!」
「確かに楽ですね。単語を覚えさえすれば、1つずつ空間が空いているので見やすいです。日本語は、今でも区切りが難しいですね」
担任の雪子先生は、いつも気にかけて声をかけてくれた。
中学校では友人達の協力を得ながら、読むことへの恐怖心だけは薄れていった。
文字を読む時に、定規の中心部分をだけをくり抜いたものを使うと、集中出来るようになった。
苦手であることを認めれば気楽になれた。
歌が苦手、運動が苦手、人前に出るのが苦手、数学が苦手と、みんなも苦手があることが解った。
自分もその中の一人なだけなのだ。
この中学校クラスには、小学校からの友人しかいない。10人みんな仲が良い。
だけど中條医師はもっと人と関わることを、僕の課題にした。
長野でも中心部には大きな学校があり、その町内にはサークルと言う、他校の人や大人も参加できる部活のようなものがあるらしい。
中條医師は、いろいろな場所を見ることを勧めてくれた。
僕は友人の隆也君や謙治君と一緒に、休みの日に普通列車に乗って、長野のサークルを回る。
事前に中学校の雪子先生が連絡を入れてくれたから、駅に着くと先生の友人の丸居さんが迎えに来てくれた。本当は雪子先生も行きたかったそうだけど、赤ちゃんと2才の子がいるから遠出が出来ないそう。
旦那さんが休みでも、赤ちゃんが泣くと対応できないんだと呆れていた。
「2人目の子なのにさ。如何に1人目の時に触れなかったのかが丸解りでしょ? 最近お尻を蹴飛ばして躾てるのよ。もう少ししたら、付き添うからね」
「雪子先生の旦那さん、お尻大変だな」
「う、うん。痛そうだよね」
「雪子先生って、可愛いのにおっかなそうだな」
「お母さんになれば、強くなるんだよ」
「「「そうなんだね」」」
僕は雪子先生のことは、頑張っている姿が想像出来た。
でも、自分のお母様のことは、よく解らなかった。
今は、お母様の怒っている顔しか思い出せない。
◇◇◇
ボーリングや野球、サッカー、合唱、バトミントンなど、大人も子供も混ざって楽しんでいた。
本格的なスポーツをする子達は、少年団と言う別の活動に参加していたから、ここは大会とは別の交流会的なものらしい。
僕が慣れるには、丁度良さそうだと思った。
ただ謙治君は野球が得意だから、もしかしたら少年団の方が良いかもしれないけど。
取りあえずは体験参加のように、3人でいろいろと見てまわる。最後に野球少年団の活動場所にも案内をしてくれた。
やっぱり謙治君は、少年団に興味があるようだった。
高校に行ったら1クラスの人数が40名くらいになるそうで、1学年で3クラスもあるのだそう。
野球の強い学校もあるみたいで、謙治君はそこに行きたいらしい。けれど今は生徒が少なくて、ちゃんとした野球の試合が出来ないから、今日見学してますます野球熱が高まったらしい。それに高校からいきなり始めるよりも、試しに参加してみたいようだ。
そんな感じで次の日曜日は、謙治君はお母さんと野球少年団に行くそうだ。
僕と隆也くんは、次の日曜日に丸居さんと朗読クラブと演劇クラブの見学をした。
本や台本を使うので、後回しにしてくれたみたいだ。
でも僕は、絵本を読めたことがきっかけで頑張れたから、朗読クラブには興味があった。
小学校低学年から70代の方までの人が、役に別れて朗読をしていく。みんなで一体となって、下手上手い関係なく楽しそうだった。
台本を見せて貰うと、役柄事に空欄はあるけど、すぐに読めるような感じではなかった。なのでそこは、参加せずに見学だけをした。隆也くんも1人だと緊張すると言って、見学をしていた。
次は演劇クラブを見学に行った。
台本を見せて貰えばたくさん台詞が書いてあったけれど、20代くらいのお兄さん『麒麟さん』が笑って話してくれた。
「ここの劇団はアドリブが多いんだ。だから正確に覚えなくても、その状態に合わせていけば良いんだ。その方が毎回違って楽しいでしょ?」
そう言って本当に、楽しそうにアドリブで演じていた。
僕は台本を目で追うことは出来なかったけれど、丸居さんが見比べて教えてくれたのだ。
今回は小学生の男の子のリクエストで、『3匹のこぶた』を演じていた。
僕も隆也君もお芝居に夢中になって、あっと言う間に時間になっていた。
隆也君はスポーツが苦手で、文化系のものに興味があると言っていた。今まで見た中でも、演劇に一番興味が湧いたと言っていた。
僕もそう。
台本通りじゃなくても良いことで、解放感が感じられた。それに今日は知っているお話だったのに、物語をもっと楽しく感じられた。
「一度は読まなきゃならないけれど、理解をすれば大雑把でも良いんなら、やってみたいよ」
僕が言えば、隆也君もやってみたいと言ってくれた。
来週からは、隆也君と僕と僕のお祖母様で通うことになった。2人でも行けそうだけど、お祖母様が見てみたいそう。慣れれば2人で行くことになるかもしれない。
次の日曜日は3人で、演劇クラブに出かけた。
僕と隆也君は、麒麟さんに一言づつ台詞を貰い、みんなの前で演じた。
今日のお題は『浦島太郎』で、竜宮城で踊る魚の役を2人で演じた。
「太郎さん、いらっしゃい」
「どうぞ、僕達の躍りを楽しんでください」
そう言って、みんなと手を揺らしながら左右に移動したのだ。
相変わらず読むのは苦手だけど、どんな役も出来るようにと、定規を当てつつ頑張って台本を読んでいく。
1月前の台本は配られており、配役はその日に決まる。自信がない時は、他の人の役と変わっても良いそう。
お祖母様は、僕の魚役を写真に撮ってくれていた。
隆也君の姿も撮影してくれて、出来た写真を渡すと喜んでくれた。
家でもお祖母様とお祖父様と一緒に台本を読み、中條医師にも報告し、忙しく過ごしていた。
僕は隆也君と過ごす時間が増え、毎朝の登校でしかモモカさんとサクラさんと過ごす時間がなくなった。
サクラさんはあれからもモモカさんの様子を見ながら、もう1人の男子のクラスメート井藤くんと、放課後に勉強をしていたみたいだ。
そして僕と隆也君が、うさぎとかめで主役を演じる時に、モモカさんとサクラさんと謙治君、僕のお祖父様とお祖母様、中條医師が見に来てくれた。
その時は事前に麒麟さんが教えてくれたから、僕達は頑張って練習をした。
台詞を忘れても、アレンジしながら演じ続けた。
僕がかめで、隆也君がうさぎだった。
緊張したけれど、とても楽しかった。
隆也君も同じように、笑顔だった。
サクラさん達や謙治君も、僕達を褒めてくれた。
「隆也君があんなに大きい声がでると思わなかったよ。すごく上手だった」
謙治君が隆也君を褒めると、隆也君は泣きそうだった。
すごく嬉しかったんだって。
モモカさんも「上手だった。面白かったよ」と、笑顔で伝えてくれた。
そしてサクラさんも、
「和成君が有名な俳優さんになれば、私はいつでも和成君が見れるね」
と、そう言ってくれたんだ。
僕はとても嬉しくて、胸がドキドキしていた。
お祖父様もお祖母様も、中條医師も、すごく褒めてくれて、なんだかむず痒いほどで。それを見て麒麟さんとクラブの人達も微笑んでくれていた。
演技なんて目茶苦茶だけど、自信をつける場になったんだ。みんなは僕の障害のことと隆也君の性格を知っていて、たくさん助けてくれてみたい。
それが解るようになると、ますます演劇クラブや助けてくれる人達のことが大好きになって、やる気が満ちていた。
◇◇◇
僕は電話でお父様にも報告した。
とても喜んでくれて、「見たかったなぁ」と残念そうだったので、お祖父様が撮った写真を手紙と共に送った。
そうしたら、数日後に手紙が来た。
お父様から来た封筒の中には、お父様の手紙と、弟妹からの手紙も入っていた。
ビックリしたけれど、僕は部屋で一人、ゆっくりと読み始めたのだ。