進学
「また同じクラスメートだね」
「まあ。すぐ隣の学校に移っただけだし、メンバーも同じだからね」
「楽だし、良いんじゃない」
「そうそう。また楽しもうぜ」
「うん、また仲良くしようね」
クラスメートはみんな一緒で、緊張感はないけど笑顔で1年生になった。
中学校は小学校のすぐ隣、5m程の距離だった。
小中の教員同士の仲も良く、生徒の問題を話し合って飲み会もするそう。
今のようにプライバシー保護がない反面、込み入った話しも出来ていたから、当時の和成には助かった形になった。
多くの人に、助けが得られたからだ。
ただモモカさんは後ろの席で、別の勉強をしていた。
僕達と別の先生が、1対1で。
時々サクラさんが、後ろを向いて様子を見ていた。
◇◇◇
中條医師から和成の両親に手紙を書いたが、家族が和成に会いにくることも迎えにくることもなかった。
ただ父親の俊彦から中條医師へ、時々電話がかかって来た。最初の内容的は、和成の心配と状況が主だった。でもそのうちに、家族のことを話し出した彼。
「妻が和成が普通に出来ないことがあることで、とても神経質になってしまったのです。以前は和成の状況が解らず、かえってたくさんの学習を詰め込もうと、やっきになり、成果が出ない事で2人とも疲れきってしまいました。
今は和成のことを話さないことで、精神を保っています。本当は彼女こそ、カウンセリングにかかるべきでしょうが、そう言えばまた不安になりそうなのです。
本当は私がいつも傍で話を聞ければ良いのですが、仕事でそうもいかず。時間がある時は傍で話を聞くのですが、和成のことを話さないのです。
和成の弟も、和成を努力不足だと責めたことがあって、元気がないこともあります。
私もどうして対処したら良いのか、方法が解らなくて」
最後にはいつも泣いているようだった。
彼にもどうしたら良いか、解らないのだろう。
会社の社長室からかけているらしい。
自宅からはどうしても、家族の目があり無理のようだ。
こうして中條へ電話をしていることも、妻のリツコには知らせていないと言う。
中條にも、何かベストかは解らなかった。
でも父親が和成を気にかけていることが解り、嬉しい気持ちもあった。
「私も、何が一番良いのかは解らないです。でも次の受診の時に、話してみませんか? 和成君と」
俊彦の声が止まる。
そして「良いですか? 声が聞きたいです。少しでも」
「ええ、やってみましょう。駄目だったら、また考えましょう」
「はい、はい。よろしくお願いします」
「はい。それでは、失礼します」
カチャンと、電話を置き深く息を吐いた。
「まずは電話の前に、和成に話をしないとな」
中條は不安と、そして期待を感じていた。
◇◇◇
和成はいろいろな方法を試していた。
文字を大きく書いて貰ったり、拡大鏡をかけて文字を隠しながら読んでみたり。
ゆっくりでも読めることで、苦手意識はだいぶん薄れて来た。
文字の羅列を見るのは相変わらず苦しくなるけど、子供の頃よりは我慢できるようになった。苦手だけど、そう言うものだと認識出来たからだ。
相変わらず国語は文字は多くて苦手だけど、他の教科は定規で隠しながら見ればパターンも解り、問題は解けやすくなった。
英語は逆に記号みたいで覚えやすった。
ひらがなや漢字も絵や記号だと思えば、苦手は治るのだろうか?
いろいろな方法で合うものと、効果がないものが別れた。その中でもやっぱり、黙読は苦手だ。文字を隠せば音読なら読めるが、黙読は下に進めないで止まってしまう。一つづつ上と下を隠せば何とかなるが、読みづらくて苦手だ。ずっとループする感じだ。
小学校でも中学校でも、知らないうちにテストの時に声を出してしまうことがあった。
それでも誰も文句は言わないし、教師も責めなかった。
だからゆっくりでも緊張せずにテストに挑めた。
時間が足りなくて終了しても、解けた問題が合っていれば嬉しかった。慣れれば数学と英語は点数が良かった。
社会科と国語は苦手だけど、地理はわりと好きになれた。教科書は読んで貰えると理解することが出来たから、先生や生徒が読むのを一生懸命に聞いていた。
時々サクラさんや、クラスメートの隆也君や謙治君も放課後の勉強に付き合ってくれた。教科書を読んでくれたり、僕の読むのを聞いてくれた。
笑うことなく、真剣に。
そしてうまくなったと褒めてくれるのだ。
それがどんなに嬉しかったかは、きっと解らないだろう。
そしてそれが、少しずつ自信に繋がったのだ。
◇◇◇
今日は祖父母と車に乗って、中條先生の所に行く。
景色を見ながら、時々止まってアイスや肉まんを買って食べながら、楽しいドライブだった。
病院に着くと、「今日は先にお話があります」と中條先生が言う。
どうやらお父様が僕の心配をして、時々中條先生に電話で聞いていたと言う。僕はすっかり忘れられていたと思っていた。
「お父様が心配してくれたんですね。嘘みたいです」
そう言うと、お祖父様もお祖母様も泣いていた。
僕も知らないうちに涙が出ていた。
そして、お父様から病院へ電話が来た。
「お父さんだけど、話してみるかい?」
中條先生が僕に受話器を向ける。
「はい。話したい、です」
そして黒電話を先生から受け取ったのだ。
「もしもし、和成かい? 元気だったかい?」
懐かしい声だった。
優しい父の声。
「元気ですよ。勉強も頑張ってます。僕、数学が得意です」
「そうか、私もだよ。答えが出る所が、キッパリしてて良いんだよ。正解は一つだってね。ははっ」
「僕は文字がなくて解きやすいからです。でも言われればそうですね。きちんと式に当てはめれば、必ず正解がでますもんね」
「うん。そうだ、そうだね。ぐすっ、あ、ごめんね、うっ、くっ、ごめん、」
お父様は泣いているようだった。
暫く会話が止まった後に、声が聞こえた。
「もうすっかり大人っぽくて、びっくりした。中條先生とは、和成が最初に受診してから連絡してたんだ。………和成が私達に捨てられたと思っていると聞いて、話せなかったんだ。もっと早く謝るべきだったのに。
そう思わせてごめんな、和成。許さなくても良いから、時々話しをしてくれないか? お祖父様の家にかけて良いか?」
僕も泣きながら、かけて欲しいと頼んだ。
お祖父様も賛成してくれた。
「電話、待ってるよ」
「ありがとう、和成。またな」
「うん、またね」
電話をきって、目を擦って、少し赤くなっていると心配された。
「痛くないよ。お父様とお話出来た。元気そうだった」
「よかったね、和成」
「うん」
「またいろいろ教えてあげないとな。今度は友達のことも」
「そうですね、それ伝えたいです、先生」
「話すこと、いっぱい考えておかないとね」
「お祖母様。僕、たくさん話したいことがあります」
その日は、教科書の音読をゆっくりして終わった。
まずは先生が1行読んで、僕が1行読んで、お祖母様が1行読んで、お祖父様が1行読んでのリレーだ。
文章が繋がっている時は、次の句読点の『。』が付くまでだ。
2ページで、1回休憩だ。
「和成君は、堂々と読んでいて聞きやすいよ。滑舌が良いね」
「そうね。朝のニュースの人みたいだ」
「案外、話しをする職業が合うかもね」
「うん、お喋り楽しいよ」
そんな感じで穏やかに受診は終わり、帰宅したのだ。
帰り道も楽しくて、あっという間に家に着いた気がした。