サクラとの出会い
「和成君、学校に行こう!」
「給食美味しいよ。行こうよ」
今日も隣に住む村雨サクラさんとモモカさんが、登校のお誘いに来てくれた。2人はお祖父様の一戸建ての家の
隣にある空き家に、親の転勤で去年越してきたらしい。
隣と言っても、お祖父様の畑の向こうだから、500mくらいは離れているそうだ。僕はまだ距離のことは詳しくわからないけど、神戸の隣は歩いて1分くらいなので、だいぶん遠く感じた。
僕の転校手続きは数日前に既に終わっていたが、与えられた部屋から出たくなくて、布団に潜り込んでいた。
未だに顔は見たことがないけれど、同級生の女の子とそのお姉さんだと言う。
お祖父様は、僕の心が傷ついていることをお父様から聞いていたみたいで、いつも優しく接してくれた。お祖母様はいつも楽しそうで、よく来てくれたねと微笑んでくれている。僕が何をしても、可愛いと言うばかりだ。
怒られないことを良いことに、僕はダラダラを決め込んだ。怒られて呆れられるまで、このままでいこうと思った。
一度学校を見てみないかと何度か声をかけてくれたけど、どうしても勇気が出なかった。不登校のまま、10日が過ぎた。
「また、バカにされるかもしれない。……もう、嫌なんだよ、そんなの」
そんな状態の僕のところへ、彼女達は学校帰りに毎日寄ってくれた。
「学校のプリントを持ってきました」
「給食のプリンを持ってきました」
2人ともいつも元気で、楽しそうにお喋りしている。
モモカさんの方が3つ上だそうだが、サクラさんの方がお姉さんみたいにしっかりしていた。
身長もサクラさんの方が大きくて、姉と妹が逆みたいだった。
僕はずっと人任せにして、その後も学校へは行かなかった。
◇◇◇
そんな彼女達に慣れてきた僕は今、彼女達が来る放課後には部屋から出て、プリントや課題を直接受け取るようになった。
お祖父様達が畑仕事や買い物に出かけていて、僕以外に誰も居なかったことがきっかけだった。
「こんにちは。和成君、いませんか?」
「ああん。雨が降ってきたよ、サクラちゃん。どうしよう?」
僕はパニクった。
会いたくはないけど、僕のせいで雨に濡れてしまいそうな彼女達。
玄関に入って貰えば取りあえず濡れないけど、勝手に入る訳もない。
心の準備が出来ないまま、雨足は強くなる。
僕は意を決して玄関に立った。
「家にあがってよ。雨で濡れちゃったよね、ごめんね。
タオルで乾かしてよ」
玄関のガラスのはめ込まれた扉を、ガラガラと開けて頭を下げた僕。
まさか僕が出てくると思わなかったみたいで、2人ともキョトンとしていた。
「和成君は本当にいたんだね」
「モモカちゃん、そんなこと言ったら失礼だよ。ごめんね、和成君。悪気はないのよ。モモカちゃんはちょっとだけ、思ったことを口に出しやすくて。説明しづらいけど、病気なんだって」
頭をさげるサクラさんと、不思議そうにしているモモカさん。
思ったことを口に出す病気って、何だろう?
健康そうなのに?
疑問はあったけど、何度も謝られたせいで恐怖感はなくなった。
「怒ってないから、あがってよ。タオルを持ってくるから、茶の間に来て」
「そんな、悪いわよ」
「僕のプリンを持って来てくれたせいで、濡れたんでしょ? 全然悪くないよ。ありがとうね」
「じゃあ、お邪魔します」
「お邪魔します!」
2人には茶の間に案内し、ジュースとお菓子を食べて貰った。
先生から僕のことは、「体が弱いから空気の良いこの町で療養することになっているの。無理をしないように登校するから、仲良くしてあげてね」と、説明があったらしい。
だからいつ登校しても、変なことは言われないよとサクラさんは言ってくれた。
「みんな待ってるよ。ここは畑ばっかりだから、都会の話を聞きたいみたい。元気になったらおいでよ。私達のクラスには10人しかいないし、意地悪な子もいないよ」
僕の不安を解消するように、サクラさんは説明してくれた。
その間にモモカさんは、再放送のアニメを見ていた。
「ああ、負けちゃう。頑張れ!」
「モモカさんも、ガン◯ム好きなの?」
「うん、好き。ロボットで敵をズバーンってやつけるの。おっかないけど頑張るの!」
「そうだよね。格好良いよね」
「うん!」
モモカさんと話していると、妹のことを思い出す。
青葉もこんな感じで喋っていたな。
そんなやり取りを、サクラさんは微笑んで見ていたようだ。
「和成くん。モモカの、お姉ちゃんの病気は、大人になるのがみんなより遅いことなんだって。だから子供みたいでしょ?」
確かに少し、会話が妹っぽいけど。
そんなに駄目な病気なのかな?
「内緒だけど、お母さんは知的障害だって言ってた。
私はそんな病気聞いたことないの。和成君は知ってる?」
僕は耳を疑った。
いつもお母様が言っていたから。
「学校から専門医にかかるように言われたの。でも和成が知的障害だと診断されたら、お義母様になんて言われるか? 離婚させられるかもしれないわ。あー、もう、嫌ぁあ」
お父様に泣来ながら、そんなことを言っていたのを思い出す。
だけど僕は、知らない振りをした。
「僕も、わかんないよ」
「そうだよね。ごめんね、こんな話をして。都会の人は知っているかと思って」
そしてテレビが終わった後、サクラさん達は帰っていった。
確かにモモカさんは幼い気がしたけど、普通に生活している気がした。サクラさんと一緒にニコニコと笑っていた。
でももし僕が知的障害だと言われたら、あんなに笑っていられるんだろうか?
その時こそ、本当にお母様には捨てられる気がする。
お祖父様とお祖母様は、どう思うんだろう?
僕は病気のことはわからない。
自分に何が起きているのかも。
だから僕は、学校に行ってみようと思った。
今の僕が、みんなにどう思われるのか。
お母様や弟、友達が、僕が嫌いで意地悪をしたのか、勉強が出来ないのが駄目なのか?
それでも、このままではいられない気がしたんだ。
少なくても僕は、モモカさんのことが嫌いにはなれなかったから。
それからお祖父様とお祖母様と話し合って、僕は5日後の月曜日から登校することに決めたのだ。