倒れていた男
2話以降に知的障害やディスレクシアについて、否定的な文章があります。嫌だと思う方は読まないでください。
お願いしますm(_ _)m 嫌な思いをされませんように。
ただ作品上、どうしても必要な障害となります。
和成の障害は、比較的状態が軽いものと考えています。
「遅刻、遅刻、どうしよう!」
校舎まで自転車で5分の我が自宅。
だが砂利の坂道(農道)だ。
その途中、俯せで倒れている人発見した。
嘘っ、急いでいるのに。
街から離れているので通る人もまばらで、既に生徒は校舎に入っている。
周りは畑仕事中の農家さんばっかりだ。
知らない振りを出来る度胸もない私。
「あのー、大丈夫ですか?」
声かけに返答はない。
肩を揺すると、う~んと唸り声。
「サクラさん、好きです。結婚して~」
抱きついて求婚してくる、金髪の綺麗な顔の男。
サクラって誰よ?
そして見る間に嘔吐され、制服にも付いたそれ。
近くの農家のおばちゃんに、青い顔で救助を求めた。
「おばちゃん。倒れている人がいて、心配で声かけたら吐かれた。服も汚れてどうしよう」
最早泣きそう、いや泣いてた。
おばちゃんは忙しいのに、こっちに来てくれた。
脈や呼吸を見て、アルコール臭もしたから、泥酔だと判断したようだ。
畑と道の間に、竹ボウキみたいな木が囲うように生えていて、その男の人に気づかなかったみたい。
おばちゃんの畑は見渡す限り全面のキャベツで、眼下に黄緑色が広がっている。
猫の手も借りたいくらい多忙だろう。
おばちゃんは昔看護師さんをしていて、緊急かどうかはわかるらしく、救急車じゃないからと言って交番のお巡りさんに電話してくれた。
制服が汚れて泣いている私には、 “もう、家帰って(服を)取り替えなと” と送り出してくれた。もしかしたらお巡りさんが、話を聞きに行くかもとも言っていた。
所謂第一発見者的な奴か。
「うん、わかったよ。ありがとうね、忙しいのに」
「大丈夫だ。キャベツとりの人、たくさん来てるから。学校に電話しとけよ」
「うん、帰ってすぐかけるよ。じゃあね」
仕方ないのでお礼を言って、家に帰って先生に電話してから制服を洗った。
今日は午後から明日の講演準備で休講だから、そのまま休んで良いと言われた。私は言われた通り休むことにした。
小高い丘の上に立つ高校は、殊の外進学校だった。
私はただ近いから選んだけれど、通いたい人は多かったと聞く。
何でも短期留学先が海外とか、卒業生の有名芸能人がたくさん講演に来るとかあるらしい。
私は両親を海外で飛行機の事故で亡くし、1年前から祖母と二人暮らしだ。家事は私が行うことで、少しでも役に立とうとしていた。
そんなことしないで良いと言われたけれど、したいのだと言って行っていた。誰かから必要な人に成りたかった。孤独は辛かったから。
ただ学校では若干浮いていた。
両親がカビとか菌の研究者で、研究の為に転勤が多かった。それに伴う転校もこれまた然りで、次々に変わる環境に馴染めなかった。だから大体は一人で過ごし、勉強ばかりしていた。
両親は毎日夜遅く、誕生日プレゼントはくれるが誕生日会はない生活だった。
工場で作れる菌生物(きのこ類)や薬用のカビを作り出すことで、人類の食や薬剤の未来が良いものになると言う。
両親死亡後は、同じチームのメンバーが研究を引き継いだらしい。
両親は学会発表に行く移動中に、海外で亡くなったのだ。
亡くなってからも実感は乏しく、また出掛けているくらいの感覚だった。でも仏壇の遺影を見ると、急激に現実に引き戻された。
「ああ、もう地球上の何処にもいないんだ」と。
そう思う度に、自室のベッドで声を殺して泣いた。
どうしても祖母に泣いているのを、知られたくなかったのだ。
◇◇◇
「マイコちゃん、午前中のことで話聞かせて欲しいんだ。ほら、酔っぱらいの男の話さ。なんかすごく申し訳ないって、頭下げてんだわ」
案の定夕方になってから、お巡りさんが来た。
どうやら、お礼をしたいと言っているらしい。
私はテレビをあんまり見ないから知らなかったが、あの人は芸能人らしい。口止めをしたいのかな? と思った。助けを求めたおばちゃんにも、正体を口止めしていたみたいだから。
私は別に今はスマホも持ってないし、情報の拡散なんてしないから大丈夫なのに。それをお巡りさんに伝え、気にしないでとお礼を辞退した。
私は両親が死んでから、スマホを手放した。
祖母以外に大切な人もいないから。
情報ならパソコンがあれば十分だ。
「それがな、明日マイコちゃんの学校に講演しに行くんだってさ、その人。学校でも交番に連れて行ったの知ってるし、騒がれたくないんじゃないか」
お巡りさんがポソリと言う。
偉い人に頼まれたのかな?
そう言うことなら、明日は仮病で休むことにするとお巡りさんに伝えた。
あからさまに、ホッとしているみたい。
そんなに大物なのかな?
若かった気がしたけど。
「ああ。何れわかるだろうから、名前だけ伝えておくよ。一条院 和成。今、国営放送の時代劇で主役を演じている」
え、知ってるよ、それ。
だって祖母が大ファンだもの。
「松寿丸様って、いつも泣いてる。あの女が悪いのね、そのせいで松寿丸様が窮地に陥ったのよ」って。
髪が黒じゃないから、わからなかった。
目もほとんど閉じて、ちょんまげも無かったから。
丁度私が帰った時、祖母は病院に行っていた。
だから朝のことは知らないのだ。
だから私は、やっぱり一つだけお願いをした。
「祖母のユキエ宛に、サインをください」と。
お巡りさんは自分の分は要らないの? と言うので、祖母のがあれば十分だと伝えた。
その俳優に興味がないのだなと、わかって貰えたみたいだ。
そして翌日、私は学校を休んだ。
学校にもお巡りさんが伝えてくれたから、休日みたいなものだ。本でも読んでやり過ごそう。
祖母は、普段元気な私が休んで心配していたけれど、 “徹夜で本を読んだら頭痛がした” と言ったら笑っていた。
「血筋かもねえ。マイコの父さんも、よくそう言って寝坊してたもの。集中力が続くのはスゴいけど、程々にね」
「はい、気をつけます」
思わず父の醜態を聞くはめになった。
きっと大人になっても同じだったんだろう。
研究チームの母と職場結婚して、一緒に研究も続けて。
私はそれを邪魔したのかもしれない。
それとも同じ目標に、引きずり込まれた可能性さえある。
俺の代で終わる分野じゃないからと、そんな理由で。
そうすれば、両親といつも一緒にいられたかもしれない。
でも………いつも一緒にいたい程ではない、のだ。
うん、違う。
いないのが通常だったから。
亡くなったショックで、いろいろ混乱していたみたい。
「私は一人で自由でいるのは、嫌いじゃない。好きな方だ」
ただ孤独は嫌だ。
それはさすがに辛い。
祖母と同居している今が、何とも案配が良い。
信頼出来る人が、私には少ないから。
◇◇◇
ここに来る前は、一等地のマンションで暮らしていた。
お手伝いさんが来て、家事を賄ってくれた。
留守がちの我が家。
魔が差したのは、仕方がないのだろうか?
監視カメラは、両親の寝室や執務部屋に取り付けてあった。
不在時は常時セ◯ムが見守っている。
そして度々、両親へ警察から連絡も来ていたみたいだ。
頻繁に人が変わるのは、そう言うことなのだろう。
研究資料目当て? 金銭や貴金属が欲しくて?
この事実を知ったのは、中学生になってからだった。
私はお手伝いさんの出迎えと見送りだけを繰り返す。
この人も、来週は来ないかもしれないと思いながら。
だから今は快適だ。
疑う人がいないのだもの。
◇◇◇
「こんばんは。一条院和成です」
あれだけ正体を隠そうとした本体が家に来た。
馬鹿なのかな?
そう思ったが、後ろにいる疲れた人を見て悟った。
ああ、言うこと聞かないんだ、この人と。
「ユキエおばさん、サクラさんのこと御愁傷様でした。俺あの時、海外で映画撮影があって気がつかなくて。日本に戻ったら撮影で抜けられなくて。無理やり母校の講演に行くって、抜け出して来たんだ」
「そうなのね。ありがとう和君。本当変わらないんだから。ふふふっ」
「ユキエおばさんだって、若いよ。シワは32本くらい増えたけど」
「本当(頭の中身)、変わらないわ。フフッ」
ああ、さっきより黒い笑みが。
まさかの知り合いだったのか?
それにしてもこの人、俳優なのにお世辞使えないの? とハラハラな私だった。
でも若い時から空気は読めなかったみたいで、祖母もすぐに通常に戻っていた。
「画面の向こうは、似ているそっくりさんなのよ」と、ぶつぶつ言っていた。時代劇の武将に思い入れが強いみたい。
一条院さんと母と父は幼馴染みで、高校で進路は別れたらしい。当時演劇部の一条院さんは、母にこう言われたらしい。
「和成君が有名な俳優さんになれば、私はいつでも和成君が見れるね」と。
それを真に受けて頑張った一条院さんは、一流俳優になった。そしてプロポーズしようとしたら、振られたらしい。私の父を好きだと言って。
そしてその思いを抱えて、十数年が経ったらしく。
たくさんのアプローチがあったろうに、純粋(もはや執着)が強かったらしい。
離婚したら、結婚を申し込もうくらいのスタンス。
で、今に至ると。
「待ってないで、もう一度告白するべきだった。振られれば、踏ん切りもついたかもしれないのに」
そう思って夜中にホテルから抜け出して、お墓参りして深酒して倒れていたと。倒れていた場所の逆の奥に、木々に囲まれ整備された墓所があるのだけど、丁度私が学校に行く時間に帰ろうと思って動いたみたい。
フラフラと歩いて、急に日に当たって倒れたのね。
墓所は涼しい所だし。
そして何人かは通り過ぎたみたい。
関わりたくなかったのね。
他に人もいたからと、去って行ったようね。
そして朦朧とした時に、母似の私が現れたと。
一条院さんは、運命だと言うのだけど。
何が? である。
祖母は呆れていた。
「親子ほど年が違う子に、孫はやれませんよ」
一条院さんは、「それは今後の展開に期待でしょ?」と言う。
「現実はドラマじゃないのよ」
と、微笑みを崩さない祖母。
「勿論です。大切なのは愛ですから」
と、また変なことを言っていた。
人付き合いが苦手な私は、若手俳優やアイドルには興味はない。
だからと言って、おじさん好きでもない。
好きなのはモフ毛。
家の猫、ラランのような動物が好きなのだ。
夢は獣医かトリマーなのだ。
結婚に興味はない。
未だに母LOVEの人には、全くもって興味ゼロだ。
財産がある?
いや、ほら。私の両親、使わないで死んだから遺産あるし。生命保険も出たし。
下手な親戚に狙われそうなほどあるよ。
一条院さんの美貌?
現実の人間より、ドラマやアニメの動物病院の医師や看護師に牽かれる。そして一条院さんは、頭悪そう(←失礼)で真逆のような。
確かに本郷◯多さんのような、不思議な魅力はあるし格好良い。話さなければ時代劇の役のように、(ファンとして)好きになれるかもしれない。
でもさ、出会いが他人の名前での告白と嘔吐だから。
無理だよね。
そして私は静かに暮らしたい。
と言うことで、何も始まらないうちに、全てを片付けた。
「年上、NGなんで」
女優じゃないけど、嘘も方便。
マネージャーさんは、何度も頭を下げてありがとうと囁いていた。
人騒がせな人だった。
玄関から送りだし、鍵をかけて祖母とお茶を飲む。
「あの子、昔から諦め悪いからね。また来るかもね」
不穏な台詞を残し、微笑む祖母。
「いや、来たら本当に困るよ。私は母さんじゃないから」
母は綺麗な人だったけど、いつも薄化粧だった。
研究の邪魔になると言って(化粧にかける時間と、ファンデーション等の余分な物質を研究室に持ち込みたくなかったようだ)。
素顔も似ているのだろうか、彼からすれば。
少しだけ母と似ているという共通点に、心が弾んだのは気のせいではない。
10/22 20時 ヒューマンドラマ(連載中) 19位でした。
ありがとうございます(*^^*)
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