【四季・夏】消え入りそうな夏と踊る
暗い、暗い、森の底。
深い、深い、闇の其処。
白いスカートをひるがえし、
汗ばむ肌をひらめかし。
着メロの荘厳な曲の流れる中、
私は静かに踊ってる。
暗い、暗い、森の底。
深い、深い、闇の其処。
消え入りそうな夏と踊る。
世界に人はいなかった。
ヒトの仮面をかぶった怪物が毎日毎日飽きもせず、
のそのそ、のそのそ、同じところを歩いてる。
朝、聞こえてくる鳥のさえずり。
昼、聴こえてくる蝉の鳴き声。
夜、キコエテクル蟲の悲鳴。
全部嘘だった。
此処は私の世界じゃない。
それが、1年前の私の全て。
その人はそこに立っていた。
ぼぉっと何をするでもなく。
置物のように刺さっていた。
じりじりじりじり。
アスファルトが悲鳴をあげ、
人々が冷房のある室内に逃亡する中、
彼は時を止めていた。
それを何時間も見ていた私も相当頭がおかしいのかもしれない。
兎に角そこに“在った”。
……。
いつから話すようになったかは覚えていない。
いつの間にか側にいて、
いつの間にか話をした。
いつの間にか近くに居て、
いつの間にか去っていく。
こちらから呼ぶことはなかったし、
こちらが引き止めることもなかった。
それでも話をしたことだけは覚えている。
何を話したかは、覚えていない。
いつの間にか側にいて、
いつの間にか話をした。
居なくなったのはいつだっただろう?
存在が希薄な彼を私は探さなかった。
意義が不明な彼を私は探さなかった。
動機が矛盾な彼を私は探さなかった。
想いが皆無な彼を私は探さなかった。
希望が絶望な彼を私は探さなかった。
座標が虚軸な彼を私は探さなかった。
記憶が曖昧な彼を私は探さなかった。
……が……な彼を私は探さなかった。
…………………………………………。
逢わなくなってどれ程の月日が流れただろう。
私は彼のことを記憶から放逐していた。
彼は私の記憶から消失していた。
そして、
ある日、
唐突に、
彼と、
出逢って、
私は、
全てを、
記憶の、
底から、
其処から、
引きずり出されて、
驚いて、
恐怖して、
啼いた。
忘れていた自分に、
忘れさせていたそれに、
愚かで、
愚鈍で、
愚直な、
そんな自分とそれに、
私は恐怖した。
暗い、暗い、森の底。
深い、深い、闇の其処。
普通の服装の私と、
豪華な服装の彼と。
光差す静かな円で、
闇迫る濃密な園で、
音沈む盛大な宴で、
私と彼は踊る。
踊る。
踊る、踊る、踊る。
永遠のときを・・・。
実際、何故だったのだろう。
私はあそこに“いて”
“踊っていた”
“踊っていた”
“踊っていた”
それ以来、彼を見かけたことはない。
あれからどれ程の月日が流れただろう。
もうわからない。
だから私はここに来た。
最後の舞台に此処を選んだ。
誰も居ない、
何もない、
誰も来ない、
何も行かない。
静かな静かな場所。
暗い、暗い、森の底。
深い、深い、闇の其処。
白いスカートをひるがえし、
汗ばむ肌をひらめかし。
着メロの荘厳な曲の流れる中、
私は静かに踊ってる。
暗い、暗い、森の底。
深い、深い、闇の其処。
消え入りそうな夏と踊る。
彼を弔い、忘れる為に。
作品解説
前作【春】はシリーズ展開など一切考えていなかったわけですが、【春】の作中で使われた立春と言う言葉が四季をイメージすればいいんじゃないかと囁きかけてきたために書かれた作品です。
私の大好きな繰り返し同じテンポで話を進める描写がふんだんに使われてます(笑)。
また、【春】を継いでの夏と言うことでほぼ作風は一緒になっています。
個人的には○○が××な彼を~の下りが好み。
ここは今書き直すとしたらたぶん○○が○○な~っていうのを最後に一回入れそうです。
春夏は悲恋ものですが、私の中では登場人物4人は幸せです。
必ずしも恋愛成就だけが幸福となるのではない、そんな私の心が透けて見えたのならばこれ以上いうことはありません。
見えなくても、私の力量が低いだけだから気にしなくていいですけどね。
それでは。