熱帯でも暖炉は要る
言うまでもないが暖炉は暖房である。従って寒い冬に使う物である……というのは正しいとは言えない。秋でも寒くなったら暖房を使うし、高緯度で気候が寒冷な土地なら夏でも暖炉が欠かせない。
大富豪のエヌ氏が別荘を建てたのは赤道に近い熱帯地方だった。避暑のために造った屋敷だったので暖炉は不要と思われたが、冬の乾季だと朝晩が肌寒いと聞き、故郷である欧州風の暖炉を設置した。
その邸宅に宿泊していたエヌ氏が姿を消した。植民地警察は重大事件として捜査したがエヌ氏は見つからない。住み込みの使用人たちが共謀してエヌ氏を殺害、その遺体を密かに処分したと判断し、全員を逮捕した。現地雇用の使用人たちは無実を訴えたが、本国人の警察署長は聞く耳を持たなかった。植民地の現地人が本国人を殺したら死刑の時代である。使用人たちの命運が尽きたかと思われたが、事件は予想外の結末を迎えた。
話は使用人たちが逮捕された頃に遡る。その無実を信じる現地人の学生がエヌ氏の屋敷へ赴き、敷地内や邸宅内部を調査した。屋敷の周囲は鬱蒼とした密林に囲まれている。エヌ氏が姿を消した寝室には中から鍵が掛けられていた。そこには暖炉があった。その煙突の中の覗き込んだ学生は、犯人の進入路は暖炉の煙突だと警官たちに言った。そして、しばらく自分を犯行現場である寝室に泊めていただきたいと訴えた。最初、警官たちは相手にしなかったが、その人物があまりにしつこいので根負けし、部屋での寝泊まりを許可した。
その学生は拳銃を用意し、その寝室で数日寝泊まりした。ある晩、夜中に物音を聞いて目覚めた。闇の中に光る二つの眼玉が見えた。躊躇なく引き金を引く。それから部屋の明かりを灯した。床の上に大蛇がのたうっていた。とどめを刺したとき、警備のため別室で宿泊していた警官数名が銃声を聞きつけ室内へ入って来た。動かなくなった大蛇を指差して学生は言った。
「エヌ氏を食べた大蛇です。暖炉の煙突から侵入してきたのです。そろそろエヌ氏を消化してしまう頃だと思ったので、ここで待ち構えていました。獲物を捕らえた場所を再訪すると予想したのです」