最終話
レイバール総督から、特殊訓練に付き合ってもらった礼だという建前で新居を構えた二人。その新居は軍施設の一部ではある物の、数々の美術品がヘルムートを感動させる。
「……素晴らしい。惚れてしまった」
「それ、口癖のように言っていますね……」
シンシアはいつまでも同じ絵画の前で立ち尽くしているヘルムートの傍に。その絵画は壁に大きく掛けられた風景画。廃墟のような街に、朝日が照らされている様子を描いた物。
「シンシア、これを描いたのは旅の絵描きだそうだ。何を想ってこれを描いたのだろうな」
「……なんだか、悲しい絵です」
「ここはかつての戦場だ。忘れもしない……アミストラが最初に攻め入った街だ」
そこに聖女が居る、その情報を得たアミストラの陸軍は一気に制圧した。その作戦にヘルムートも参加していた。
「……忘れるなと言う事か」
「はい?」
「いつか、この絵描きに会いたい物だな。旅人ならばそうそう会えないかもしれないが」
言いながら、ヘルムートは絵画から目を離し窓の外へと視線をずらした。鐘の音が聞こえてくる。教会から、幸福を知らせる音が。
「また今日も結婚式……私達の番はいつになったら回ってくるんでしょうか」
「そう言うな。今まで止められていたのだ。神父様は大忙しだろうに」
「……見に行きませんか? ここの屋根から見えると思いますよ!」
シンシアは頑固な性格だ。一度言い出せば何があっても曲げる事は難しい。ヘルムートは観念した様子で、シンシアと共に屋敷の屋根の上へと。そこからは街が一望出来る程、見事な景色が広がっていた。
「ぁ、あそこ!」
教会から伸びる一本道に、多くの人々が列を成して花びらを巻いているのが見て取れる。その間を通る、花嫁の姿も。
「私にドレス……似合うでしょうか」
「似合うさ、私は心配だ、シンシアに惚れてしまう男が居るかもしれない」
「えへへ、そうなったら守ってくださいね」
いいながら座り込むシンシア。軍服が重く感じてしまう。
「そろそろ、それを脱いだらどうだ」
「……いえ、もう少し……時間かかりそうです……もう少しだけ……」
「そうか。ならその時、結婚式をあげよう」
シンシアは己の罪を忘れない為、と自分に言い聞かせてきた。だがそう言い聞かせる事によって、自分を守っているという意味合いの方が強いかもしれない。それを脱いだ時、果たしてその罪悪感に潰されないで済むだろうかと。
一方、ヘルムートはシンシアをまだ支え切れていない、と実感していた。
そして、まずは自分が手本を示さなければとも。
「シンシア、私はアミストラの国王の弟だ」
「……はい?」
「戦争が勃発した時、戦場に向かう私は縁を切られたが、今になって帰って来いと言われててな。どうやら兄上が没したらしい」
シンシアは空いた口が塞がらない。そんな話、初めて聞いたからだ。
「な、なななな……なんで、そんな大事な事! 今すぐ帰らないと!」
「嫌だ」
「何を子供みたいな!」
「祖国から逃げたのだ、私は。そしてこれからも逃げ切ってみせる。これは覚悟などという崇高な事ではない、ただの我儘だ。私は君と一緒に幸せになってみせる」
シンシアは小さく溜息を吐きながら、ヘルムートの腕に抱き着いた。
「絶対……行かせません」
「頼むよ、シンシア」
より一層、鐘の音が鳴り響く。
幸福を知らせる、鐘の音が。