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第五話

 ヘルムートは教会に赴いていた。ここからでも、シンシアが暴れているであろう、軍施設からの騒ぎがかすかに聞こえる。しかしヘルムートはシンシアの心配などしていない。何故なら信頼しているから。シンシアと、ローレスカの軍人を。


「神父様、度々失礼します」


「あぁ、先程の……どうされました」


 神父は相変わらず、祈るように手を組みながら会釈を。それはまるで懺悔する罪人のようにも見える。


「実は……やはりこの街で結婚式をあげたいと思いまして」


「それはそれは……しかし、許可書の方は……」


「ええ、今から頂こうと思っています」


 ヘルムートは薄暗い中、神父の動きに注目する。年齢は自分よりも若干年上。その足取りはゆっくりしているが、しっかりと大地を踏みしめている。神父の歩みには、年齢にそぐわぬ安定感がある。


「今から……。あの、では先程から聞こえるあの音は……」


「まあ、婚約者が少し頑固物でして」


「は、はぁ」


「では神父様、許可書の方を……お願い致します」


 しばしの沈黙。神父は凍り付いたかのように、びたりと動きを止める。


「あの、一体……何を」


「ですから、貴方から頂きたいのです。神父様。この街での婚約を許可しない、貴方にです」


 神父は目を泳がせながら、軽く数回頷きつつ笑みを浮かべた。

 まるでどう反論しようかと考えるかのように。


「何故、そのような……」


「貴方は元軍人ですな。そして……十三年前の大戦にも赴いていた筈だ」


軍施設での騒ぎが、かつての戦場を連想させた。今では音は止んでいる。神父は息を荒くしながら、首を振り否定する。


「私は……ただの神父です、そのような恐ろしい経験は……」


「貴方は先程、彼女に『未だ何故、その恰好を』と仰られましたな。私には、軍を抜けたのに何故軍服など着ている? と聞こえました。貴方は彼女の事を……シンシアの事を知っているのですな」


 神父は、ばつが悪そうに眼を泳がせる。


「存じません……私は知らない。というか、一体なんなのですか。その話と、許可書の話が一体何の関係が……若者の結婚を許可していないのは、レイバール総督であって……」


「彼女はレイバール総督について多少の知識がありましてな。その彼女がレイバール総督から得た印象と、嫉妬の炎を燃やしているという話は……どうも繋がらないのです。無骨である一方、部下からの信頼も厚く、彼が率いた兵は大戦で唯一戦死者を出さなかった奇跡の部隊、と呼ばれていたそうです。それが果たして奇跡だったかはさておき、そんな人物が若者に嫉妬の炎を燃やすというのは……想像しにくい、というのが私の結論でして」


 神父は膝を折り、懺悔するかのように首を垂れた。

 レイバール総督の事を深く知らない若者ならば、恐ろしい印象を与えるだけで納得した。勿論、こんな方法がいつまでも通用するとも思っていなかった。


「神父様……」


「貴方は……アミストラの軍人だったのですか? なら知っている筈だ、アミストラが投入した戦略兵器を……」


「聖女の事ですかな」


「そうです、あの聖女は子供を、チャイルドソルジャーを殺さなかった。そこに目を付けたローレスカの参謀は、悪魔のような作戦を提案した……。安易な方法で脳を弄り、感情を殺した上で身体能力を向上させた子供に聖女を殺させるという……まさに悪魔の所業を!」


 言われずとも、ヘルムートは知っていた。シンシアがD2部隊という強化されたチャイルドソルジャー部隊だったという事を。


「……しかし私も同罪なのです。彼らを戦地に送ったのは……私なのですから。トラックの荷台に彼らを乗せ、地獄へと連れて行きました。その中に……左腕に爆弾を埋め込まれた少女が居た」


「それが彼女だと、覚えていたのですな」


 頷く神父。最初は気づかなかった。だが左腕が無い事と、あの軍服を見て嫌でも思い出してしまった。聖女に腕を切断され、助けられたチャイルドソルジャーの事を。


「ここからは私の想像ですが……貴方が結婚を許可しないのは、子供を作らせない為。ローレスカにはシェルスという女神を崇拝している方々が多い。彼らは婚前行為を禁じている。結婚さえ止めれば、子供が産まれる事はない。つまり……再び戦争が起きた時、少しでも戦場に立つ子供を減らす為」


「その通りです。ですが……上手く行きませんな……彼女によろしくお伝え下さい、申し訳なかったと……」


 懐からハンドガンを取り出す神父。それと同時に、ヘルムートも懐から無線機を取り出した。通信したままを示すランプが点灯した、それを。


『……私を助けてくれたのは……貴方だったのですね』


 その声で神父は動きを止める。ハンドガンのセーフティーにかかった指を動かせない。


『私を戦場の外に逃がしてくれたのは、貴方だったんですね。朧げながら、トラックの荷台に揺られながら手当されたのを……覚えています。神父様』


 神父は大粒の涙を流しながら、ハンドガンは手から零れる。


『……あの時のお礼を、まだ言ってませんでした。……ありがとうございます、神父様』


 その一言は神父を追い詰めたのか、それとも救ったのか。


 それは当人以外には、知る由も無い事。

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