第三話
レイバール総督。筋骨隆々の、脳筋という言葉をそのまま人間にしたら、恐らくこんな形をしているのだろう、と誰もが思う人物。十三年前、ローレスカとアミストラの大戦で猛威を振るった陸軍大佐である。その顔には、かつての戦場で得た、額から顎先まで斜めに走る傷が。おそらく体中に同じような傷が残っているだろう。
今は山のように積み重なった書類へと目を通しながら、部下からとある報告を受けている。
「……D2部隊の兵士を見ただと?」
「えぇ、オヤっさ……いや、総督」
「新人が居ない時はいつも通りでいい。んで? 何故そう思った」
市場で軍服姿の女を見た男は、その様子を総督へと語った。終戦以前の軍服を着ていた事は勿論、その佇まい、隻腕だった事も。そして何より
「私は十三年前のあの戦場で……聖女に片腕を切り落とされたD2部隊を……見ています。面影はあるかと」
「対聖女用に開発されたチャイルドソルジャー……D2部隊か。しかし面影って、十三年前だ。そんな記憶……」
「忘れませんよ。聖女が助けたんです。彼女の左腕には時限式の爆弾が埋め込まれていた。その状態で抱き着く作戦だったんでしょう」
レイバールの眉が釣りあがる。それまで書類へ目を通しながら報告を受けていたが、それを置いて部下を直視する。
「……その作戦を考えたのは奴か」
「ええ……オヤッさんが誤射した……あの男です」
※
「……やっぱり、この街で結婚式を上げたいです」
街を見下ろせる丘の上までやってきた二人。シンシアは活気あふれる街を見下ろしながらそう呟いた。風が気持ちい。この感覚を生み出しているのは、他ならぬこの街の人々。
「レイバール総督は、決して悪い方ではありません。少し嫉妬心が強いだけで……。あの方だからこそ、この街の、この活気があるんだと思います」
「しかしシンシア……その嫉妬心が問題だろうに。この街の若者はどうしているのだろうか。レイバール総督の目を盗んで……? そんなコソコソと恋愛しなければならないのか」
「……! 成程」
突然何かを納得するシンシア。一体どうした、と尋ねる前に、ヘルムートはとても、ものすごく嫌な予感に襲われる。
「シンシア……?」
「レイバール総督は悪い方ではありません! しかしその嫉妬心が……若者の恋愛を阻害しているのも事実。ここは私達が一肌……」
「まてまてまてまて、相手はこの街の権力者だぞ。表立って拳を振るえばどうなるかくらい分かるだろう」
「勿論、分かっています。でも誰かが声を上げねば!」
あかん、これはあかん、とヘルムートは項垂れる。こうなったらシンシアは、太陽が爆発でもしない限り止められない。しかし今回の場合、どうにも相手が悪い。レイバール総督はただの権力者ではない、十三年前の大戦で戦った兵士の一人なのだ。そんな人物が超自己中な理由で婚約を制限している。果たして……折れるだろうか。
そして今張り切っている目の前の自分の婚約者も、そんな英雄に負けず劣らずの頑固物。果たして……折れてくれるのだろうか。いや、無理。
「……わかった。シンシア。だがその前に……レイバール総督について知っているだけでいい、教えてくれないか。君が彼に抱いた印象も含めて」
※
誰がそれを予想しただろう。今話題の終戦以前の軍服を着た、要警戒人物が総督が住まう軍施設へと道場破りのごとく突撃してくることを。
「て、てきしゅう? え? 門の前でガムを踏んづけたって因縁付けられた?」
最初に連絡を受けたのは、レイバール総督へとシンシアの事を報告した男。一体なんの冗談だと窓から正門の方を見る。そして目を疑った。鉄製の門の一部が、水飴のように捻じ曲げられていたからだ。そして悠々と歩く軍服姿の女が一人。
「……なんで?」
思わず素朴な疑問を浮かばせざるを得なかった。一体奴は何をしている? 何を考えている? ここがどこか分かってるのかクソガキ……! と思うまで、わずかコンマ一秒。状況判断能力が秀でている。たぶん。
男は無線を握り締め、全セキュリティへと指示を叫んだ。
「総員に告ぐ! あの女を捕らえろ! 決して油断するな! 場合によっては制圧兵器の使用もやむを得ん!」
んな大袈裟な、と総督を含めた誰もが思う。ここまで温度差が出たのは、かつて戦場でD2部隊と呼ばれるチャイルドソルジャーを肉眼で見たか、そうでないかの差だ。男ははっきりと目にしていた。十三年前の戦争で、彼らの戦うその姿を。