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第二話

 市場とは打って変わって静かな一角。これみよがしに建てられた女神像が、二人を教会へと誘っていた。薄く開けられた誰にでも解放された扉を、二人は順番に潜っていく。

 教会内は別世界のような静けさに包まれていた。ステンドグラスから溢れる光以外は薄暗い。女神像の前で佇んでいた神父の存在に気付かない程に。


「おや、ようこそいらっしゃいました。おはようございます」


 神父は胸の前で手を組み、祈りを捧げるように挨拶をしてきた。二人も軽く会釈しつつ、挨拶を返す。そのままヘルムートは、神父へと何故ここに赴いたのかを説明する。


「おはようございます。実は近々、ここで挙式を上げようかと思いまして」


「……! それはそれは! おめでとうございます! 本日はお父様が御同伴で? お相手の方はいらっしゃらないので?」


 まあ、予想通りの反応だ、と苦笑いする二人。若干違和感を感じる程の神父の嬉しそうな反応を弄ぶように、シンシアは思い切りヘルムートの腕へと抱き着きながら


「私達、二人の結婚式です。こちらが、私の……だ・ん・な様です」


 まるで神父の反応を楽しむかのように言い放つシンシア。期待通り、神父は数秒硬直。そして復活。


「……はっ! わ、私としたことが! 失礼致しました!」


「いえいえ、ごめんなさい、私の旦那様、老け顔ですの」


 地味に傷つくヘルムート。しかしシンシアの楽しそうな顔を見て、軽く溜息で流す事にした。


「申し訳ない、神父様。そういうわけで挙式の日取りなどを……」


「……あぁ、はい、では総督の許可書を提示願います」


 許可書? と首を傾げる二人。


「申し訳ない、許可書とは?」


「……あぁ、もしやこの街に来て日が浅いのですかな? この街では総督の許可無く婚約する事は禁止されているのです」


 言葉を失う二人。総督と言うからには、この街で最高の権力を持っているのだろう。何故婚約するのにそんな人物の許可が居るのか。


「あの、総督というのは……」


「レイバール・ゴドウィック様です」


 その名を聞いて首を傾げるシンシア。聞き覚えのある名前だったからだ。


「レイバール……もしかしてレイバール大佐? あの方、生きていらっしゃったのですね」


「な、なんてことをっ……。お口にお気をつけ下さいっ……あの方をそのように呼んではなりませんっ」


 知っているのか? と尋ねるヘルムート。シンシアは頷きつつ


「はい。ローレスカの陸軍所属の大佐でした。男気に溢れる性格で部下からの信頼も厚く……しかし女性からの評判はすごぶる悪かったですね。恋愛に向かない男、ナンバーワンと聞いた事が……」


「なななんてことを! 訂正なさい! お嬢様! そんな事を口にしてはなりません! どこにレイバール総督の耳があるやら分かったものでは……」


 ちょっと待て、と眉間を抑えるヘルムート。恋愛に向かない男ナンバーワン、そんな称号を持つ人間の許可無く婚約する事が出来ない。それはつまり……


「シンシア……まさかとは思うが……レイバール総督は……」


「はい、恐らく嫉妬の炎に包まれて……人々の恋路を邪魔したいだけだと思います」


「ぬわあああああ! ぬゎんてことを! て、撤回なさい!」


 慌てふためく神父を他所に、二人はどうした物かと悩む。ちなみにと、ヘルムートはこれまで婚約を遂げた人間がどれほどいるのかを神父へと尋ねた。すると神父は震えながら、ピースサイン。


「……神父様、記念撮影はまた今度……」


「違います! 二組です! レイバール総督がこの街に着任して以来……二組のカップルしか婚約出来ていないのです……。ちなみにその二組は……二組とも五歳未満の子供のカップルで……」


 ガクっと肩を落とす二人。それは果たして本当に挙式だったのか? と思わざるを得ないが、とにもかくにも、このマリスフォルスで挙式をあげるのは不可能に思えた。


「仕方ない、別の街へ行こうか、シンシア」


「えぇ、仕方ありませんね……」


「……時に、お嬢様、貴方は何故……未だ、その恰好を?」


 シンシアは今現在着ている軍服を指摘されると、変わらぬ表情で


「あぁ、私、十三年前の大戦で戦った兵士なので。旦那様とはそこで出会ったんです。その時の想いを忘れぬように……この軍服で普段過ごしています」


「……そう……でしたか」


 神父は手で口を塞ぎつつ、シンシアへと会釈しながら余計な事を聞いてしまったと謝罪する。


「失礼しました……」


「構いません、もう昔の話ですから。では旦那様、いきましょう」


「あぁ……それでは神父様、失礼します」


 二人はそのまま教会を去っていく。

 去っていく二人の背中を、神父は震えながら見送っていた。


 まさか、生きていたとは。

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