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第一話


 大陸が見えてきた、そんな子供の声が耳に届いた時、ただでさえ細い(まなこ)を、うっすらと開く男。ブラウンのスーツにテンガロンハット、そして印象的な腰まである長髪。男は鋭い目を再び閉じつつ、眉間を摩りながら自身の覚醒を促した。


 そんな男の肩を枕にして寝る女は、未だに気持ちよさそうに寝息を立てていた。男は女の寝顔をよく見てやろうと前髪を分ける。女の片目には眼帯。肩まで伸びる金髪は砂のように男の指から滑り、またすぐに顔を隠してしまう。


「ん……」


 髪を触られ、女も目を覚ました。軍服に身を包む彼女には左腕が無かった。空の袖は腰のあたりに針で固定され、右手は男のスーツの袖をがっしりと子供のように掴んでいる。


「起こしてしまったか」


「……あぁ、もう朝ですか……」


 二人を包む爽やかな冷たい空気。そして何より船室の扉の向こうから光が溢れてくる。そう、ここは船の中。二人は一か月半にも及ぶ長旅を終えた所だった。


「大陸が見えたそうだ。あのわんぱく小僧が嬉しそうに叫んでいたよ」


「やっとですか。というかあの子、また身を乗り出し過ぎて海に落ちなければいいのだけれど」


「なら、監視を兼ねて見に行こうか、シンシア」


「……はい、旦那様」



 二人は支え合うように立ちあがり、船室を出た。溢れる朝日が二人の目に飛び込んでくる。しばらく手で日の光を遮りながら、甲板の、わんぱく小僧がはしゃいでいる所までゆっくり歩んだ。その頃には目が慣れてきて、二人の眼前に見飽きた水平線では無く、猛々しい大陸が横たわってる。


「帰ってきました……旦那様」


「そうだな。私達の、新たな生活の始まりの地だ」



 甲板で支え合いながら、大陸を眺める二人。案の定、目の前のわんぱく小僧が柵から身を乗り出していたので、男はその襟首をふんづかまえる。不満そうな顔を見せる五歳程の少年は、降ろせオッサンと暴言を叩くが、その隣に居る女の顔を見るとすぐに大人しくなった。


「あらあら、そんな悪い事言って。また目の前で鮫を海中で捌いてあげちゃうぞ?」


「ひぃ!」


「脅すな。少年、お前の両親も起こして来い。目的地に着いたとな」


 大人しくなった男児は、解放されると一目散に船室へと飛び込んでいく。ようやく静かになったと、二人はより一層、身を寄せ合う。


「おっさん、ですって。酷いですね、私の事はちゃんとお姉さんと呼んでくれたのに」


「仕方ないだろう。俺は今年で五十五の、まさしくおっさんだ」


「あはは、でも見た目は四十くらいですよ。そんなに落ち込まないでください」


「落ち込んでない。君こそ……今年で二十歳だろう。あの少年からしてみれば、お姉さんではなく、おばさんだろうに」


 それを悪口だと判断した女は、男の腰へと回した手で軽くくすぐるように。身をよじる男は、笑いながら女の頭を撫でまわした。


 そんな風にじゃれあう二人を見て、誰がバカップルだと思うだろうか。誰もがこう思っていた。仲のいい親子だな……と。





 ※





「じゃあなー! おっさん!」


 一か月半もの航海を共にした少年や乗客、そして船員達との別れを惜しみつつ、二人は久しく大地へと足を踏み入れる。そこは大国ローレスカの港町、マリスフォルス。船を降りてすぐに、二人は人々の活気溢れる空気に包まれた。漁師や商人の叫び声、そして市場に繰り出してきた人々のにぎやかな喧騒。どうやらここは漁から帰ってきた漁師達が、そのまま魚介類を売りさばくための市場のようだ。

 そのにぎやかな場所に、二人は胸を躍らせた。思わず顔を見合わせ笑ってしまう程に。


「いい街ですね、ではさっそく……」


「あぁ、さっそく……宿を」


「教会に結婚式の予約をしにいきましょう!」


「……いきなりすぎんか、シンシア」


 シンシアはハイテンションな満面の笑み。あぁ、これはもう空から巨大隕石が降ってこない限りは絶対に折れない奴だ、と悟った男は、苦笑いを返しつつ渋々承諾。

 二人はこの国、ローレスカで挙式をあげようと決めていたのだ。決めていたが、まさかこんないきなりだとは思っていなかった。


「御不満ですかぁ? ヘルムート・オディナ様?」


「滅相もない」


 そのまま二人はにぎやかな市場から、静かな路地裏へと入っていく。その様子はやはりバカップルではなく、親子そのものだ。





 ※

 

「……あの女……何処かで……」


 路地裏へと入っていくシンシアとヘルムートの背中へと視線を送る人物が居た。ライフルを肩に担ぎながら、港の警備をしていた軍人だ。


「……あの軍服……終戦前の……」


 シンシアの嫌でも目立つ軍服。それは自分達が今着ている物とは違う。終戦以前に軍から支給されていた物。何故よりにもよって、戦時中の軍服を着るのか。だが一般人はそんな軍服の違いなど気付かないだろう。気付くとすれば、十三年前の戦場を経験した軍人だけだ。


「……隻腕(せきわん)……。まさか……」


 彼には心当たりがあった。

 片腕を切り落とされたチャイルドソルジャーが居た事を。




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