8杯目 ポチ像とナンパ野郎
今日は仕事が休みの日なので、ゆっくり目に起きる。なんか、久しぶりに10時間ぐらい寝た気がする。子どもの頃の遠足の前日みたいなワクワク感はあったのだが、案外すんなりと寝れた。
なんていったって今日は、鈴華先輩とお出かけをする日だ!
「これはもうデートと言っても差し支えないのでは…」
ブツブツ独り言を言ってると小百合さんに頭をチョップされた。
「あたっ」
「嬉しい気持ちは分かるが、もう9時手前だ。出かける準備はしなくていいのか?」
「えっ!?」
慌てて壁にかけられている時計を見る。
そういえば10時間ぐらい寝たんだった。それなら、こんな時間になってて当たり前だ。
「やっばばば」
急いで朝ごはんを食べて歯を磨いて服を着替える。今は女の子になった訳なので、さすがに日焼け止めも塗っておく。社畜時代は会社に籠りきりだったから必要なかったんだけどね、ハハッ。
そして、こんな時に限りやつが現れる。鏡で自分の姿を確認した時に、頭に触覚のようなものが生えているのが見えた。
「ね、寝癖だーーー!?こんな時に限ってマジかよ!?」
「素が出てるよマリアちゃん、素が…」
つい、口調が元に戻ってしまっていた。あらやだ、はしたない言葉遣いですこと。
なんやかんやあったが、なんとか支度を終わらせることが出来た。
「小百合さん、いってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてねー」
小百合さんに送り出されて家を出る。幸いなことにここから駅は近いので、無事に間に合いそうだ。
待ち合わせ場所のポチ像は、舌を出してハアハアしている犬の象のことである。ハチ公像とは別にある、東京駅近くにある像だ。ポチ像はどっかの国の大富豪が像を置く場所の土地の権利を買い、設置させたらしい。
「徒歩数分で駅に着くって便利だなー」
ここに来る前は、駅まで遠くて大変だったな。てか、もう駅が見えてきた。
定期的にスマホでポチ像の場所を確認しながら歩く。駅周辺をしばらく歩いていると、ポチ像を見つけることが出来た。
「あった。うーん、焦って出てきて20分前ぐらい着いちゃったか」
周りを見渡した感じ、鈴華先輩はまだ来ていないので近くのベンチに座って待っていよう。
先輩のことを座って待っていると、どこか視線が集まっているような気がしてきた。どこかに有名人でもいるのだろうかと、キョロキョロ辺りを見渡す。自分の知っている有名人は見つからなかったが、男の二人組がこちらに近づいてくるのが確認できた。
「ねえ君、俺らと一緒にお茶しなーい?」
「てか、遊ぼうぜー」
男達の正体は、馴れ馴れしく話しかけてくるナンパ野郎だったみたいだ。喫茶店でのことが少しトラウマになっているのか、手が震える。なんとか、バレないように抑えようとするが、見られてしまっていた。
男二人組は、こそこそと何かを話している。恐らく、私の手が震えていたことを伝えたのだろう。
「遊んでくれないと何されも知らねえぞ?」
「そーだぜー?」
やっぱり強気になって押してきた。てか、片方チャラいスギちゃんみたいになってるんだけど…。怯えてる女の子に迫るのはある意味ワイルドだけど。
どうしようか、周りの人も見慣れた光景なのか止めに来ないし。なんかスマホで撮ってる人もいるし…。終わってんな…マジで。
「あ、あの私、これから予定あるんですけどー…」
「そんなん知らねえよ。お前は俺らと遊ぶんだよ」
「チャラいんだぜー?」
寄せに来てんだろ片方…。困っていると、視界の端に先輩が見えた。
私が先輩の方を見ると、先輩は微笑んで安心させてくれた。
「ねえ貴方たち?」
「あ?なんだよ」
「なんだぜー」
先輩はポケットから電源の入っているスマホを取り出した。
「今、私がワンタップしたら警察に電話が繋がるけど、そんな態度取ってていいの?」
シンプルに脅したー。ここは人がたくさんいるから、これ以上騒いだら社会的に完全に死ぬ。こいつらは、逃げるしかない。
「くっ!」
「逃げるんだぜー?」
「二度と顔見せんな!」
先輩は、べーっと可愛く舌を出した。
「遅れてごめんねマリアちゃん。私も男に絡まれちゃってさ、止められてたんだ」
「そうなんですか。お互いに大変でしたね」
まさか先輩もナンパされてたとは。まあ、こんな美人をほっとく訳ないか。
「じゃあ、マリアちゃん行こうか」
「はい!」
私は先輩についていき、東京駅の中に入った。
違う、違うんだ!いや、合ってるんだけど!違うんだ!俺は無罪だー!