6杯目 仕事の初日
朝の歯磨きをし、服を着替えて喫茶店に行く準備をする。喫茶店で仕事をしている間は、昨日店長に支給された制服を着るらしい。私の見た目は高校生と大学生の間ぐらいなので、平日の早い時間から働いていたら不思議がられるかもしれないが、中身は30近くのおっさんだからまあセーフじゃないかな。
徒歩数分の距離にあるので、職場の喫茶店には家を出発してからすぐに着いた。店の中に入ると、店長が既に開店する準備を始めていた。
「おはようございます店長」
「おはよう嬢ちゃん。他の店員ももうすぐ来ると思うからさっさと着替えちゃいな」
「はい、了解です」
ピシッとおでこに手を当て、敬礼をする。
「お、おう」
ロッカールームに行き、自分のロッカーを開く。中からハンガーにかけておいた制服を取り出し、着がえる。ついでに持ってきたスマホや財布などの貴重品を入れたバックを中に入れる。
「よしっ、準備完了!初日頑張るぞ!」
小さくガッツポーズをする。
ロッカールームを出ようとドアノブに手を伸ばそうとしたら、扉が開いた。
「あ。あなたが新人の子ね?名前はなんていうの?」
「わ、私は黒崎マリアでしゅっ」
噛んだ。急なことで驚いて最後に噛んじゃった。なんか微妙な空気が流れてる。
「………すぎる」
「…?」
「可愛いすぎるじゃない!」
なんかキャー!って叫んでる。何が楽しいのかな?いまいち女の子のことって分からないな。
「ま、これからよろしくね。私は須藤 美咲、高校三年生よ。行きたい大学に合格出来て、もう受験勉強する必要がないから先月からここでの仕事を再開したの」
「年上?ですかね。よろしくお願いします」
美咲さんと互いに自己紹介をしていたら、他の店員の人も出勤してきた。
美咲さんが言うには、ディエートは主に高校生から大学生の女性が働いていることが多いらしい。店長は妻子持ちで、ここら辺では渋顔の紳士として通っているらしく、そこら辺の店より安心出来るため、女性が多いらしい。
「まあ一応男の人で、ここで働こうとする人もいるんだけどね。今のところ下心がある人ばかりだから、店長が大抵は門前払いしてるのよ」
「とても良い店長ですね」
「でしょー?私もこの店の話を聞いて、ここなら安心して働けると思ってここを選んだのよ」
笑顔で話す美咲さんの様子を見ていると、本当に信頼しているのだなと思える。さすが、小百合さんを呼び捨てするだけあるね。
準備は、店長を含めて5人でやったのだが、スムーズに終わった。
◇◇◇◇
「えー、今日からこの嬢ちゃん。マリアがここで新しく働くことになる。新人だから、先輩のお前たちは嬢ちゃんが困ってたら助けてやってくれ。そして嬢ちゃんは、先輩の行動を見てしっかり覚えてくれ。じゃあ、これにてディエートを開店する」
店長が開店を宣言し、それぞれが配置につく。私は、まだレジ打ちは遅いので、だいぶ練習した配膳の仕事を今日はする。
扉にかけてある札を『open』にしてから十数分経った辺りから、客が入り始めた。今日は平日なので客は少ないらしいのだが、もう既に席の半分近くが埋まりそうだ。
「すいませーん。注文したいんですけど」
私が一番近いからこれは私の出番かな。初の出番、頑張らないと。
「はーい、ご注文をどうぞ」
ブラック企業勤めで鍛えられた営業スマイルを炸裂させる。すると、なぜか男性の客は少しもじもじしだした。
「あ、あの。このコーヒーとAセットで」
「はい、以上ですか?」
「は、はい」
「では、確認しますね。コーヒーが一つとAセットが一つでよろしかったでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「分かりました」
軽くお辞儀をし、厨房の方へ注文された内容を伝える。これを繰り返していく。注文を間違えてしまわないように気をつけよう。
◇◇◇◇
慣れないことで疲れたが、なんとか最も忙しくなる昼時もやり過ごすことが出来た。残りの勤務時間は二時間ほどだ。ラストスパート頑張ろう。
「ねえお姉さん、ちょっといい?」
心の中で気合いを入れていたら客の男性に話しかけられた。
「はい、注文ですか?」
「いやいや違うよw」
「いやさー、仕事終わったら俺と一緒に遊ばない?」
「え?」
なんだこの人、私をナンパしてるの?
「いいじゃん少しぐらい」
「ひっ!?」
腕を掴んできた。
「いや、でも終わるの18時なんで終わったらすぐ家に帰りますけど…」
「えー、そんなこと言わな…」
男の客がぐだぐだ話を続けようとしていたら、店長が間に入った。
「おい、ウチの店員に嫌がらせをするとはいい度胸だな」
いつも以上に怖い顔の店長にジリジリ詰めらよられるナンパ野郎。
「ちょっと遊びに誘おうとしただけじゃないですか」
「そんなのはどうでもいいんだよ。俺が言ってるのは、ウチの店員が嫌がってるってことなんだよ」
おっと気迫がどんどん増していく。さすがに自分でも、あの状態の店長に詰め寄られたらやばいだろうな。
「ウチはそういう店じゃないんだ。そういうことがしたいなら他をあたりな!」
「く、くそォ!」
男は足早に店を去っていった。少し落ち着いて、私は気がついた。
「あ、あの人。お金払ってませんよ?」
「ん?ああ、あいつは何も頼んでなかったから大丈夫だ。それよりも嬢ちゃん、ああいう輩には気をつけろよ?」
「あ、はい、ありがとうございます」
店長が急に店内に響くように手を叩く。
「ちょっとイレギュラーがあったが、ああいう輩は俺がどうにかするから安心して働いてくれ」
自分は大丈夫かと心配していた店員を鼓舞するために店長は呼びかけをした。
その後は、特にイレギュラーなどはなく、無事とは言えないが初日は終わった。
「またナンパみたいなことをされたら怖いけど、きっと店長が守ってくれるよね」
そう自分に言い聞かせ、震え始めていた自分の手を止めた。
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