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4杯目 喫茶ディエート

 予想だにしなかったことに驚いてコーヒーを吹いてしまう。


「す、すみません」


 あわてて自分のハンカチでコーヒーを拭く。


「あの、メイドって『おかえりなさいませご主人様』とか言う、あのメイドですか?」


 恐る恐る小百合さんに聞く。


「あ、いや正確には違うよ。喫茶店で働いて貰うからね。マリアちゃん可愛いからさ、メイドっぽい服着せたら繁盛するかなーって」


「は?」


「やーんマリアちゃん怖いー」


「驚いて損しましたよ、もう…。ところで私の働く喫茶店はどこにあるんですか?」


「それは…」


 急に小百合さんは立ち、窓の方へ歩く。自分もついていく。そして、どこかを指さした。


「あそこだ」


 指した場所は、ここから徒歩数分で着くような近場にある一つの店だった。


「あのthe喫茶店って感じのとこですか?」


「そうだよ。じゃあ、後の説明は店長にして貰ってよ。鍵は渡すから、仕事が終わったら自由に帰っておいで」


 投げられた鍵をキャッチする。新しい体で動き慣れていないので、落としそうだった。


「君の元の仕事先とか、マンションの契約とかは、こっちが片付けておくから心配しないでくれ」


「ありがとうございます」


「どういたしまして。マリアちゃん、いってらっしゃい」


 『いってらっしゃい』って言われるのいつぶりだろう。高校の頃には、親元を離れてたから十数年ぶりかな。なんか、心が暖かいな。


「いってきます」


 小百合さんに手を振られ、送り出された私はエレベーターに乗って1階まで到着した。


「よし、初仕事頑張るぞ」


 今度は、人には聞こえないようにひっそりと、しかし強く、自分に誓った。


            ◇◇◇◇


「…あー、もう!破壊力抜群すぎだよマリアちゃん。…きっと上手くいくよね、頑張れマリアちゃん」


 物思いにふけっていると、扉が軽くノックされた。


「どうぞ入って」


 スーツ姿の男が一人入ってくる。


「失礼します。社長、本日の日程ですが……」



 二人は、しばらく話した後、部屋を出ていった。


            ◇◇◇◇


 私は、喫茶店の前で止まっていた。別に、慣れない場所に一人で入ることに緊張している訳ではない。ただ、心臓の鼓動が速くなってるだけ。そのはずなのに、足が動かない。そもそも、『close』って書かれた看板が扉にかかってるし。


「…いや、迷ってちゃだめだ。入ってみよう」


 頑張って店内に足を踏み入れる。


「すみません。小百合さんに言われて来ました」


 シーンと私の声だけが店内に響く。


 呼びかけてから少ししたら、奥にあった扉から一人の男性が出てきた。


「もう来たのか。黒崎から連絡があったマリアちゃんだな。ここで働くってことでいいんだよな?」


 ちょっと怖そうな見た目をしているが、元は男の私からすると渋くてカッコイイおっちゃんだ。謎の安心感がある。


「はい、そうです」


 素直に返事をすると、おっちゃんは少し驚いた顔をした。


「嬢ちゃん、俺が怖くないのか?」


「別に怖くないですよ?」


 二人とも首を傾げて向かい合って、不思議な時間が流れた。


「まあいいや。今は一時的に閉店してるが、普段は8時から18時までやっている。そこで今日嬢ちゃんには、明日から店員として働けるようにいろんなことを覚えてもらう」


「了解です」


「よし、いい返事だな。まずは俺の自己紹介をしとくな。國塚 壮一(くにづか そういち)、ここ『喫茶ディエート』の店長だ。よろしく頼む」


「あ、よろしくお願いします」


「じゃあ、まず店内のどこに何があるか教えるから……」



 店内の物の場所やコーヒーの入れ方、注文を取る練習など、いろんなことをした。覚えることは多かったが、初めて見るものも多く、新鮮でなかなか楽しかった。時間が過ぎるのは速くて、気がついたころには空はオレンジ色になっていた。


「いろいろ教えていただきありがとうございました」


 店長に軽くお辞儀する。


「こっちこそ時間かけてすまなかったな。じゃ、明日は7時30分に来てくれ。またな」


「はい!」


 元気よく返事をし、喫茶店を出る。


 空が綺麗だ。今までは、この時間はまだ会社の中にいて空なんて見てる余裕がなかったからな。休みの日もほとんど寝てたし。


 初仕事は明日からか。ちゃんとできるか不安だけど、ちょっと楽しみだな。


 新しく手に入れた職業、はやく慣れたいな。

更新時間が遅れてすいません。今回みたいに遅れることが多々あると思いますが、見てくれると嬉しいです。

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