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探索Ⅱ

またすこし短めです。


 男爵はさすがに用心深く、例の『水汲み』へ、おそらくは信用のある部下を行かせる。その期日を知ることは容易ではなかった。

 そもそも彼の家の使用人は、貴族のお抱えだけあって自意識がたかく、まして鶏人(ケチャ)など奴隷も同然だと思っている。主の秘密にちかい上級の者ほどその傾向は強くなった。噂好きのメイド連中は、外からきた血生臭い自分のことを恐れて、なかなか気さくに近寄ってはこない。


 そこで(ザイカ)は、自分の持ち札を活かすことにした。すなわち鶏人としてのこの「卑しい身分」を逆に運用するのだ。

 昔から類は友を呼ぶ、などともいう。

 賭け事好きな親分のしたには、似たような子分がいてもおかしくはない。そう思って探ったら、おもいのほか多くの釣果をえた。

 下級使用人──庭師だの(うまや)番だのの連中には鶏闘(ケトル)好きがごろごろいて、なんと賭けクラブまであるという。考えてみれば鶏闘は国内でも高人気を誇る娯楽であり、それはここ国都でも変わらないのだった。


 そのクラブを仕切っているのが、フットマン──主人が出かけるさい、供をして世話や護衛をになう役職──で、なかなかに粋な好男子だった。

 彼は、部類としては上級の使用人にはいるが、歳も若輩でザイカにちかく、地方の鶏闘のことや、中央競技の舞台裏などを話してやったら、すぐに食いついてきた。

 これはおおきな前進だった。

 なにせ彼は、役目柄ルクレナレにも近い。なんとか男爵様に気に入ってもらい、お抱えになりたいのだといったら、納得し、是非にもそうしろと勧めてくれまでした。いつのまにか、話しは愚痴のこぼしあいへと流れていき、そのなかで、とうとうたどり着いた。



 例の場所へは、執事の誰かが人をつれて、夜間にこっそり訪れる。そこで、あらかじめ気前よく金をつかまされている御水番の兵たちが、汲んでおいた何樽かの水を、馬車につんで運んでくるのだそうだ。

 自分も何度か供をしてことがあるといって、彼は肩をすくめる。どうも一定の周期で受けとりにいくらしいから、次があるとしたらこの辺だろうと、暦を指して教えてくれた。



 ついにやった! とうとう俺は、みずからを救う一縷の望みを、一筋の光明を見出だしたのだ!


 だが、希望が胸に湧いてくる一方で、その実感を素直に喜ぶことはできなかった。

 その良き友人が教えてくれた日取り。

 それは最後になるかもしれない試合の、さらにずっと後──自分にとっては、遥かにも思える未来の日にちをしめしていた······。





 とりあえず、オルモン派との取引につかえる(カード)は得た。最後に、その札を差し出すにふさわしい相手かどうかを見極めたい。

 だがこちらの情報収集は、なかなかの難航を覚悟せねばならない。なにせオルモンの甥でもあるアンドレが、終始そばに貼りついている。彼が自分の横をはなれる数すくない機会といえば、自室にいるときと、風呂をつかうときくらいだった。


 施設には霊山から湧く温泉を贅沢につかった大浴場がある。この都にはじめて足を踏み入れた日、旅の垢をおとしてくれたあの場所だ。

 鍛練の後、希望すればいつでも湯をつかうことができ、とにかく広く、基本的には等級による区別などもなかった。

 本部の鶏人たちは命のやり取りから解放されているからか、どこか職業的な気風が濃く、わりきった考え方をするものがおおい。おなじクラスのライバルだともなれば話しは別だが、こちらがきちんとわきまえさえすれば、意外と気さくに話してくれたりもした。


 彼に重大な情報をもたらしたのは、将来は指導する側にまわり、強い鶏人を輩出したいと志すベテランの鶏人だった。


「誰がって、そのオルモン・ヴローエ司教だよ。たしか王族だぞ。もちろん出家しているから、元がつくがな」


 ベテラン鶏人はあっけらかんとそう言ってのけた。


「俺も耳学問なだけだから正確とはいえんが、たぶん、今上陛下の従兄弟だかになるはずだ。

 なんでも、双子の弟を当主にするために御自分から僧院に入られたとか······いやあ、立派な人だ。なかなか出来ることじゃないぜ。だろ?」


「そう、ですね···」


隣で生返事をうちながら、ザイカは混乱する頭を必死で整理した。


 オルモンが王族? では、その甥のアンドレも遠いとはいえ王族──いや、そんなことはどうでもいい。

 すなわちルクレナレとオルモン。そのどちらもが王家に連なりのある人物ということになる。

 それでは何か?

 この一件はとどのつまり、片隅に追いやられた王族同士の復権争いに過ぎないということか?


 ザイカは馬鹿馬鹿しくなって黙り込んだ。同時に怒りが込み上げてきた。


 また王族! また覇権争いか! もううんざりだ!


いったいどこまで俺につきまとえばすむのだ。自分たちはもう、そんなものとは縁遠い世界に生きている。必死に生きている。

 もちろん仇は討ちたいが、無理やりにも跡継ぎの地位から追い落とされたその過去自体とは折りあいをつけた。

 それが新天地にまできて、またもや自分をとり込んで離さない。それも他人の思惑に絡めとられての結果ときては、怒りを堪えろというほうが無理だ。

 本当に、なぜ考えが至らなかったのだ。オルモンのいう「怖れ」なる病はたしかに、国中に広まりつつあるのかもしれない。

 だが、それはむしろ教会にとって、思いもかけぬ好機にもなり得るのではなかろうか。


 医術などという、結果の見えやすく、しかも教会の奇蹟によってさえ治らぬ病をも駆逐することができる技術が幅を利かせる国では、教会はさぞや立場を失くしてきたことだろう。

 その目に見えぬがゆえの「怖れ」に対する心の拠り所として、教会ほどはまる存在はない。(かげ)っていた威厳をとり戻すには絶好の機会といえるではないか。


 それにしても感心だ。一流の鶏人は学識ももち合わせて然るべきだ、などと持論を説きはじめた先輩の講義を聞き流しながら、ザイカはその表情を悟られないよう、温水でバシャバシャと顔を洗ってながく息を吐いた。




 ルクレナレも王族。オルモンも王族。事態はいよいよ、愚にもつかぬ政争の様子を臭わせはじめた。

 どちらが善玉で、どちらが悪党か。そう考えるのは無益なことで、筋書きのようなものがあるはずもない。両者とも己が正しいのだといい、その証明のためなら他者の命など平気で使い捨てにするだろう。その時点で、すでにザイカにとっては信を置くにはあたわず、その約束もまた不確かなものとなった。


 だがどんないきさつを経てその立場に立ったにせよ、人は己の信ずる道を往くしかない。すでにこの生命は自分だけのものではないのだ。

 もっと年をかさねて、母が身罷(みまか)り、弟や妹たちがどこかへ縁付くまでは死ぬことは許されない。それが最後に父から託された使命であり、もっとも意義のある戦なのだ。


 たとえその道を往くことは、他人の命を奪うことだとしても──


 とくに気負うこともない。自分はいままでそうしてきたじゃないか。

 直接ではないにしろ、自らの勝利が相手の命を奪うことになるとわかっていて勝ち残ってきた。今さら、それなりの覚悟をもって事に臨んでいる者の命を奪うことに抵抗はない。

 ましてや、それが悪人なら良心さえも傷まない。




 試合の日が足下まで迫るなか、ザイカはまたもや急にルクレナレに呼びつけられた。まだ「オルモンの首を獲る」計画は練り上がってはいない。


 あるいは、家の使用人にいろいろ聞きまわったことが露見したか。

 アンドレをとおして、すでに(くだん)の情報はつたえてあるが···。


 どちらにしても油断のならぬ状況だ。彼は緊張して男爵の到来をまった。



 だが反して、ルクレナレの反応は意外にもあっさりとしてものだった。さして機嫌を悪くしている風でもなく、手下の怠慢をとがめる気もないらしかった。


「オルモンの奴が慌てて護衛を雇ったそうだ」


 応接間の大窓のカーテンの隙間から外界の眺望を眺めながら、何ともなしにルクレナレは呟いた。


「ふざけた名前の連中だそうだが、知っているか? たしか──」

「存じております」彼が口にしたその名称をきいて、ザイカはそっけなく答えた。

 賭け事でなりたつアザスミルに住んでいれば、その手の情報には事欠かない。


「お気になされるほどのこともございません」


「···そうか、お前にとってはとるに足らんというわけか」


「──老僧ひとりを暗殺する、という意味では問題になりません」


男爵はハハハと愉快げに笑った。

「それはいい。まあ、そやつらにかぎらず、オルモンを獲った後のことは任せておくがいい。首尾よく運べば俺の屋敷まで捕まらずに来ることだな」



 ──この男はどこまで知っているのだろう。



 ザイカの頭にふと、そんな疑惑が浮かんだ。蛇のように狡猾で賢く、鷲のように目端がきく。どこまでも薄気味の悪い人物だ。彼に備わった怜悧な知性は、いちいちこちらの事情を見透かしているような気がして、心中をざわめかせた。


「ひとつだけ······」男爵の護衛にうながされて部屋を退出する寸前、戸口でザイカは立ち止まり、ふと浮かんだ疑問を口にした。

「閣下は例の実験をどう思っておられますか」


 解っている。二度めにここへ通されたとき、彼はあの部屋について知っていると明言していたし、どちらかといえば擁護しているようなフシさえ臭わせた。だがどうしても訊いてみたかった。

 おい、と護衛が制するのをルクレナレは(いさ)め、こちらへ向き直った。


「こだわるな。どう思っているか──とな。さてな、どう答えてやったらよいものやら。お前が尋ねたいのはこういうことではないか?

『閣下は例の実験にどうかかわっているのですか?』とな」


「·······」


ルクレナレはわずかに怒気を含む面持ちでいった。


「それを問うてなんになる。その実験とやらが行われているのは厳然たる事実だ。誰が首謀者かなどどうでもよかろう。

 ただ、あの行為が我々の肉体に関するものである限りは、私の没頭している趣味は、試験の場としては適当だった、とだけ答えておこう」


「······ご無礼、いたしました」


ザイカは向き直って頭を下げると、そのまま屋敷を後にした。




御拝読、ありがとうございました。


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