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変貌Ⅱ


 この頃になると、観客もようやく事態の異常性に気づいた。歓声が怒号と悲鳴にとってかわられ、我先にと出口へ殺到しはじめた。


「まずい······これではオルモンだってとっくに───」


 ホールは鶏人たちのたつ舞台がもっとも低い、すり鉢状の底の位置にあり、出入り口に近いほど高くなっていく。(ひん)客の座る特別席はそれよりさらにたかい壁面のバルコニーにあり、ここからではオルモンの様子はよく見えない。だがこの騒ぎだ。とっくに逃げ出しているだろう。


 いまはケヴァンの奴を止めなければ!


 正直素手ではやりあえるような気はしないが、それでも気高き戦士をあのままの姿で晒しておくわけにはいかない。


 ザイカはおおきくひとつ深呼吸して、もはや怪物といってよいその巨体の背に呼びかけた。



「どうした! 俺から逃げる気か! 無闇に背をさらす無様な戦士め。恐れていないというのなら、降りてきて俺と決着をつけろ!」



 だが、怪物は彼の挑発などまったく意に介さぬ──というよりは耳に届いていないかのように、苛立たしげに、檻の天井を飴細工のように引き伸ばすのに夢中だ。


「チ」

 おびき寄せるのは無理か。仕方ない。


 ザイカは怪物に手近い支柱まで走ると、それをよじ登りはじめる。怪物がいる天井付近までの高さはおよそ十メートル超。もしあの力で叩き落とされでもしたらただではすまない。

 ザイカは万が一にも反撃をうけないよう怪物の動きを注視しながら、支柱から鉄網にうつった。幸いというか、競技の間はつねに裸足だ。慣れている。網の隙間は足が入るには充分だから、両手両足でぶら下がることはできる。

 そうこうするうちにも怪物は、ついに鉄檻の天蓋をねじ切った。


「くそッ!」


 意を決する間もなくザイカは怪物の開けた穴に直進した。

 どうにか穴から這いでる。怪物はすでに檻から跳び、右手と左足だけの不格好な着地を決めると、力をもて余すかのようにおおきく胸をはった。まるで獲物を探しているふうにうなだれた首を左右に振っている。



「うおおおッ!」



 行かせまいとザイカは檻の頂上から跳躍し、身体ごとぶつかるようにして怪物の首にしがみつく。かなりの衝撃だったはずだが、それでも怪物にはまったく応えていないようだった。


「──ッ、やっぱり気絶しているか。これでも動くならもう呼吸を止めるしか······」


 怪物はザイカを振り払おうと緩慢に右手を伸ばすが、すでに上半身までも筋肉が膨張しており、死角に回りこんだ彼にまで手が届かない。

 怪物は焦れったそうに身震いしたが、もうこの余計なオマケを気にしないことにしたようだ。いっさんに二階目指して客席を駆け登りはじめた。


「なんだ、コイツはいったいどこへ······まさか!」

怪物の向かう先、上方を見やる。



 いる。

 上階の賓客用のバルコニー席に。

 オルモン・ゴエス・ヴローエが、正式な白の法衣を着て、固まったようにこちらを見ている。その隣には派手な衣をまとった貴人もみえる。


「コイツ──狙いはオルモンか!」


 そう口にした途端、一瞬腕の力が緩んだ。このまま放っておけば──そんな考えがふと頭をよぎったことを否定はしない。

 だがそれはやはり誤りであった。その隙を怪物は見逃さなかった。突如急制動をかけると、前に浮いたザイカに強烈な回し蹴りをみまった。



「あがッッ!」



 身体のどこかで嫌な音がする。相手の蹴りに反応するのが精一杯で、受け身をとることなく背中から観客席に突っ込んでしまった。その衝撃は床に固定されていたシートの支柱をへし折るのには充分で、仰向けに寝転がった彼のまわりには、割りを食ったシートの残骸がいくつも転がっている。

 なんとか身を起こすが、それが精一杯で、痛みで四つん這いになったまま動けなかった。


「ぐ、···そぉっ!」


 痛みを耐えに耐えて前方を仰ぐ。そこで唯一の障害とおぼしきザイカの様子を確かめようとした怪物と目があった。



「──トロル······」



 それはもはやケヴァンではなかった。

 完全に「別のなにか」に変態を終えた彼の総身は蒼黒く、両腕から首回り、上半身が何倍にも厚い筋肉の鎧につつまれて膨れ上がり、そのくせ腰から下は不釣り合いなほど小さく、身体をささえるためか、その毛むくじゃらな剛拳を地面につけ、まるで四足獣のように──いまの自分とまったく同じ体勢で、こちらを睨みつけている。

 形相にはすでに人の面影はなく、タフな身体に見合った太い首のうえで、二倍ほどまでに成長していた。

 牡牛のごとく太い鼻面。一気に伸びたうねる髪のしたからのぞく眼は、その理性のとぼしさを反映したかのようにちいさく、射るように鋭い。(あご)は地竜のそれにも似て、まるで岩をはりつけたようにゴツく、ご丁寧にも、口は耳の辺りまで裂けたように広がっていた。


 打ち据えてやったザイカを脅威とは感じなくなったか、怪物はふいと視線をきり、まだ逃げ出さずにいるオルモンをとらえると前進を再開した。



 ダメだ、このままでは!


「この······っ! 待でッ···!」

「──そこまでだよ!」



 出し抜けに。まるで劇の台詞のようなタイミングでそう呼ばわった大音声が、一瞬その場にいる者すべてをいすくめた。座席の背後から大小ふたつの影が走り、その行く手をさえぎるようにして立つ。


 灯火に浮かび上がった小さい方は、どうみても子供だった。武装し、手には白い槍をさげている。

 顔に見覚えがあった。あの夜、オルモンの隠れ家のまえですれ違ったあの少女だ。とすると、もうひとりの女も、あの時の三人のうちのひとりか。身形(みなり)からして、自分とおなじ格闘術に長けた戦士のようだ。


 アイツら···あれが男爵のいっていた······


 虚をつかれてふと脚を止めた巨体に攻撃を加えようとしたそのふたりに、だがザイカは叫びかえしていた。



「かまうな!」 



 ふたりは(いぶか)しむようにザイカへと顔をむけた。



「オルモン様の護衛の方々とお見受けする。──彼は、俺の相手! サシでやらせて貰う!」



 女拳士が物言いたげに開こうとした口を、槍を手にした少女が制した。それで女拳士も納得したのか、渋々といったようにその構えを解いた。



ありがとうございました。

またまた短めとなってしまいましたので、土曜日につづきを更新いたします。


サブタイトルを修正しました。

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