ピッツァ屋
なんだか無性にピザが食べたい気分だったので、僕はうまそうなピザ屋がないか注意深く探しながら街を歩いた。ピザ屋はたくさんある。僕が食べたいのは窯で焼いた本格的なピザだ。値段は安くないだろうが、そこは気にしない。まだ今月の給料はたっぷり残っているのだ。数千円の消費などまったく痛くない。
やがて、僕は個人が経営しているだろう小さなピザ屋を発見した。イタリア語で長々と書かれている店だ。イタリア語はまったくわからないので、なんて書いてあるのかはわからない。看板にメニューがのっているので見てみる。決して安くはないが、思っていたよりかは安い。おいしそうなピザの写真を見ていると、僕の腹が抗議するようにぐうっと鳴いた。この店に入ろう。
「いらっしゃいませ」
テーブル席に案内される。店には僕と主人しかいない。バイトは雇っていないのか、今の時間にはいないのか。主人は日本人だと思うが、少しイタリア人っぽい雰囲気を醸し出していた。本場で修行経験があるのかもしれない。
ワイングラスに入ったウォーターを飲みながらメニューを見る。ピザの種類は豊富だ。ワインなんかも置いてある。
「あの、おすすめはどれですか?」
店のおすすめを注文すればまず間違いない。
「うーん……おすすめね。一応、一番人気はマルゲリータピッツァですよ」
「じゃあ、マルゲリータピザで」
「ノンノン。マルゲリータピッツァ」
「……は?」
訂正されたようだが、何が間違っていたのかわからない。
「ええと、マルゲリータピザ――」
「違う! マルゲリータピッツァ!」
「え? どういうことです?」
「マルゲリータピザ違う。マルゲリータピッツァ! 二度と間違えるな、阿呆!」
なるほど、この主人は『ピザ』ではなく『ピッツァ』と言え、と言いたいのか。正直、どっちでもいいだろと思わなくはないが、こだわりがあるのだろう。にしても、そんなことで怒らなくてもいいのに。
「……マルゲリータピッツァください」
「はいよ。マルゲリータピッツァね」
豊かな顎髭を生やした主人は、キッチンへと去っていった。
こだわりが強い主人というのは職人気質なのだと思うが、こういう人が作る料理はかなり期待できる。本場イタリアで何年も修行し、日本に戻ってきて本格ピッツァ屋をオープンさせたのだ、きっと。窯で焼いたおいしいピッツァを、こだわり抜いた食材を用いて作られた本格ピッツァを食べることが――。
チンッ。
……ん? 今、電子レンジの音がしたような……。
「はいっ、お待たせ。マルゲリータピッツァです」
立派な皿に載ったピッツァはしなしなで、とても今作られたものには見えなかった。そもそも、まだ注文してから五分も経ってないぞ。生地を伸ばしてソースを塗って具をのせて窯で焼く――それらの工程をこなすには時間が足りない。
「あの……このピザ――」
「ピッツァ!!!」
「このピッツァ、どうやって作りました?」
「どうやってって……電子レンジでチンして――」
「てめえ、こら! やっぱり窯で焼いてねえじゃねえか! ピザだかピッツァだか知らねえが、変なとこだけこだわりやがって! もっと他にこだわるべきところがたくさんあるだろうが、ボケがっ!」
僕は立ち上がると、金をテーブルに叩きつけて、
「こんなふざけたピザ屋もう来ねえよ」
「あ、待ってください、お客さん!」
「……なんだよ?」
「うちはピザ屋じゃないです、ピッツァ屋ですよっ!」
「やかましいわ!」