ミギ・ザ・ロック―3―
―――スロト王国・玉座の間。
広すぎる玉座の間。
豪奢な装飾。
だが、その中心に座る王は―――。
「うっぷ………げへへ」
贅肉と酒と怠惰で膨れ上がった、ただの男だった。
「……参上いたしました。陛下」
玉座の前、所々赤い染みが目立つ大理石の床、右・スタイラインは片膝を付き、頭を下げている。
「うぅん……」
王はワインを片手に、だるそうに空いた手を上げる。
「右よ……お前、最近……随分と勝手に動いておるな?」
「勝手……とは?」
「とぼけるなぁっ」
王は玉座から身を乗り出し、酒臭い息を吐きながら言い放った。
「諸国に出向き、勝手に交渉。……ぅっく……挙げ句の果てには……魔王軍にまで赴いた……そうではないか。……げはぁっ」
スタイラインの眉がわずかに動く。
「……それは、国のため。民のため。陛下が公務を放棄されている以上、私が――」
「黙れぇぇぇ!!」
怒号が玉座の間に響き、右・スタイラインの傍の床を、ガラス片と行き場なく彷徨うように赤い液体が広がる。
「民、国ぃ? そんなものはどうでもよいわ!! お前が勝手に動くせいで、余の立場が危ういのだ!!」
“キモデブがほざくな! お前の立場なんか既にねえんだよ! 糞キモデブ!!”
「っく……」
スタイラインは喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
「申し訳……ありません……」」
「余は知っておるのだぞ。お前が魔王軍と通じ、この国を転覆させようとしていると!」
「……は?」
スタイラインは本気で理解できなかった。
「陛下、それは誤解です。私はただ――」
「黙れと言っておる!!」
王が手を振り下ろすと、どこからともなく現れた兵士たちが一斉に、右・スタイライン目掛けて駆け寄る。
「右・スタイライン・フェルナン! 反逆の罪で拘束する!!」
「なっ……!? 待てっ……!」
兵士たちが右手のガントレットを掴もうとした瞬間、スタイラインは反射的に右腕を背中に隠した。
「私の右手は触るなぁぁぁ!!」
「いや、そっちかよっ!!」
「せめて反逆を嫌がれ!!」
「この期に及んでも右手に必死かっ!!」
困惑する兵士たちを尻目に、王は鼻で笑う。
「見ろぉ。……ひっく……この挙動不審な態度。怪しさしかないではないか。……うぇっく」
「違う!! これは……これはっ……!!」
右手を守りながら必死に否定する右・スタイラインだったが、王は冷たく言い放つ。
「もう、よぉい。うっく……連れていけ。余に逆らう者は、誰であろうと許さん。……明日の朝、即ぅ……処刑だ」
兵士たちがスタイラインを押さえつける。
「離せ!! 私は……私は国のために……!! へ、陛下っ……どうか……!」
「お前はもう……いらぬぅ」
スタイラインの目に、悔しさと絶望が滲んだ。
「……っ……!」
そのまま、彼女は兵士たちに引きずられ、玉座の間から連れ去られていった。
「贅こそ、全てよぉ……ひっく……うぇえ」
王は震える手で、零しながらワインを並々と注ぐ。
「ふぅん……余に逆らうなどぉ……。神への誓いを捨てると……同じよぉ……ひっく……うぇぇ……」
―――その言葉を聞いた者たちの中で、本当に忠誠を誓っている者はもう、この国に誰もいなかった。
―――スロト王国・地下牢。
湿った石壁。
冷たい空気。
かすかに水滴の落ちる音だけが響いている。
「…………」
右・スタイライン・フェルナンは、膝を抱えて座り込んでいた。
「いったい……なんの為に……」
右手のガントレットは、いつも以上に重く感じる。
「っ……」
悔しさも、怒りも、悲しみも、全部まとめて喉の奥で固まってい
た。
「…………」
その時。
軽い足音が、静かな牢に近づいてくる。
「……姉さん」
白いローブを揺らしながら、牢の前に立ったのは―――。
「ビジィ……か……」
左・ビジィライン・フェルナン。
右・スタイラインの妹である彼女の左手の甲から前腕にかけては、女神と天使をモチーフにしたタトゥーが堂々と刻まれている。
「言いましたよね。あんなクソみたいな王、見限れって」
右・スタイラインは顔を上げない。
「はぁ……」
左・ビジィラインはため息をつき、鉄格子越しに姉を冷たく見下ろした。
「……まだ、隠すつもりですか?」
視線は、右手のガントレットへ。
「…………」
右・スタイラインは、右手を強く抱き込むようにして俯いた。
「姉さん……」
左・ビジィラインは、優しい声で続ける。
「魔王軍は、もう城の前まで来てます。姉さんがどう思っていようと、もう“時代”は動いてるんです」
そう言うと、左・ビジィライン懐から牢の鍵を取り出し―――。
「後は……」
扉前の床に置くと、ローブを翻して背を向けた。
「……姉さん次第です」
歩き出しながら、最後に一度だけ振り返る。
「私は、姉さんの選択は何であれ、否定はしません。でも――」
左・ビジィラインの瞳は、静かに燃えていた。
「姉さんが“あんなの”のために死ぬのだけは……絶対に、許しませんから」
それだけ言い残すと、左・ビジィラインは牢を後にした。
「…………」
残された右・スタイラインは、しばらく動けなかった。
「くぅっ………」
ただ、右手のガントレットを抱きしめたまま、小さく震えているだった。
―――スロト王国・玉座の間。
時間が止まっている。
兵士は動かず、侍女は固まり、そして玉座の上の王だけが、恐怖で震えながら、かろうじて目だけを動かしていた。
その前に―――。
「すぅ……ふぅ~……」
「わぁっはは」
「あぶぅ!」
「やれやれ。モンキービジネスと言うやつですかな」
「なんか、くさいんね」
「右手がデカい部下に、腹がデカい王。なんだこの王国?」
「いや、これはデカいとか意図したものじゃねえ。ただの醜いデブだ」
魔王、グルド、ツバキ、骸骨兵長サエキ、布袋から右手だけ出したミリー、骸骨兵美威、骸骨兵英、と、魔王軍の主力メンバーがずらっと並んで立っていた。
「なぁ……。ほんとに、これが王なのか?」
目の前で震えてるのは、ただの髭もじゃで、赤ら顔のきたねえデブのおっさんだ……。一見煌びやかな服やマントも所々染みだらけできたねぇし、なんか臭ってる……。
自分で言うのはあれだが、俺の方が、“魔”と付いてるし、煙草を咥えてるけど、王っぽい気がする。
「でぶだなぁああ。んおまえぇええ」
グルドにすら暴言吐かれてるし。
「きたないおっさんなんねー」
布袋の中のミリーからも。
「影武者だろ? 本物がこんなわけねえ」
骸骨兵美威が腕を組んで言う。
「いや、でも、しかし。影武者にしては雑過ぎるとも思うが……?」
英が首を傾げる。
「ひ、ひぃ……や、やめ……」
最後くらいせめて潔ければ格好がつくもんだが、震えながら声を絞り出したきたねぇおっさんは、それもまた醜かった。
「とりあえず……始末?」
本物探すって展開になってもめんどうってのはあるが、右から聞いた話と、こいつの見るからに堕落してる感じは合致してる訳で、ともすれば、俺たち魔王軍より悪って噂だし、消し去った方がむしろいいだろう。
「槍がこいつの体液で汚れるは嫌だなぁ」
「俺達よりきたねえぜぇ、こいつ」
「燃やしてしまうか?」
骸骨兵たちが文句を言いながら、それぞれ思い思いの武器を一斉に構えた。
その瞬間―――。
「待てぃ!!」
玉座の間の扉が勢いよく開いた。
「おお。現れたな」
振り返ると、右・スタイラインが立っていた。
「はぁっ……はぁ……」
息を切らし、髪を乱し……しかし、その瞳は鋭く燃え、何かの決意を感じる。
「右! よく来た! 余を助け――」
「黙れ、クズ」
王が涙目で叫んだと同時に、右・スタイラインはバッサリと切り捨てるかのように言葉を吐いた。
「気安く話しかけるな。私は……」
スタイラインはゆっくりと右手を上げ、ガントレットに手をかけると、留め金を外し―――。
「……っ!」
ガントレットを投げ捨てた。
「えっ……」
思わず驚きの言葉が出てしまっていた。
「…………」
と言うのも、露わになった、右・スタイラインの右手の甲から前腕。
「お前、騎士っていうか、それは……」
「…………」
そこには、立派な“ドクロと死神のタトゥー”が刻まれていた。
「私は……お前の部下でも、忠臣でもない……」
右・スタイラインは、王へと顔を向けると、はっきりと言い放つ。
「今日から――魔王軍の一員だ!!」
俺達ですら聞いてない宣言が玉座の間に響く。
全員が思ったことだろう……。
「……は?」
と。
だが、次の瞬間。美威が腕を組んで言う。
「まあ……どっちかっつうと、俺たち側っぽいな。つうか、おもいっきり俺達居るもんな」
英も頷く。
「うむ。完全に魔界のタトゥだ」
グルドは満面の笑み。
「わぁっはは! サエキに英と美威と他にも骸骨がいるではないかぁ!」
まあ、奴らの反応には俺も同意だ。仲間になりたきゃそれでいいとは思う。ただ……。
「……すんすん……」
一つ、違和感がある。自分の煙草の煙。それを踏まえても……。
「くっさっ………」
右・スタイラインの右腕を見る。
「なんか……十何時間歩き続けた足の五十倍くらい臭わねぇ?」
玉座の間の全員が、 ゆっくりと右・スタイラインの右手を見る。
「なぁぁぁっ……!」
スタイラインの顔は見る見るうちに真っ赤になっていく。
そして……。
「くっさぁあああああああああああああああああああ!!」
自分でも我慢できなかったのだろう。右・スタイラインは自分の右腕をめいいっぱい自分の顔から離すと叫ぶのだった。




