ミギ・ザ・ロック―2―
「……ふむ」
聞いた話は単純。
改めて停戦の交渉の話し合いを王国近くの村でする為に、魔王軍には行軍してきてほしいとのことだ。
「今この場で俺が了承するだけじゃダメなのか?」
俺の問いに、右・スタイラインは小さく頷く。
「面倒なのは承知。ですが、民意に働きかけるにはパフォーマンスも必要なのです」
「パフォーマンス?」
「はい。私もできることなら、この場で魔王に了承していただき終了、と、したいところですが、今の民は魔王軍をそもそも知りません。脅威を感じていない所に停戦が成ったと言っても、王国への信頼は回復できません」
「ああ。まあ、そうなるか……。そもそも、あんたの国とやり合ったことなんて無いしな」
俺の言葉にサエキさんが咳ばらいを一つ、割り込んでくる。
「スロト王国の初代スロト王……彼と我が初代魔王様とは、その昔、攻め攻められの激戦をしておりました」
全く聞かされてない事実だ。
……でも、そうか。俺、まともに城の事やってないし当然だ。
「ああ、そうなんだ? つうか、今のスロト王って何代目?」
俺の問いに、右・スタイラインは一瞬だけ目を伏せた。
「……十七代目です」
「十七代目か。じゃあ、初代とは関わりが薄い――」
「十七代目ですが……中身は“ゼロ代目”と言って差し支えないでしょう」
「……は? ゼロ代目?」
右・スタイラインは深く息を吐いた。
「王は……公務を放棄し、酒と女と贅沢に溺れて城から出ず。ともなれば、当然、民の声は一切聞かず。そして……国の財は減り続け、治安は悪化し、隣国との関係も悪化の一途。……我が国ながらお恥ずかしい限りですが……ここまで酷いのは、歴史を辿っても他にありません……」
「ほう……それで、ゼロ代目か。代とも数えたくない、と」
「尻拭いも、正直申し上げて……限界です」
その言葉には、ただ、疲労が滲んでいた。
「魔王様……」
サエキさんが静かに口を開く。
「私も、スロト王国の話は耳にします。ここ数年で急激に国力が落ち込んでおり、このままでは、自壊するのは時間の問題、と」
「……なるほどな」
右・スタイラインは下を向き、顔を歪ませる。
「そこの骸骨兵が言う通り。……我が国の寿命は、もう、僅か。……だから、せめて、停戦の“形”が必要なのです。魔王軍と堂々と交渉できる力はまだ残っていると、民に希望を抱かせる意味でも。……それを見せる必要がある」
「ああ。それが、パフォーマンスってことね」
「はい。……民は、今の堕落した王の言葉より“目に見えるもの”を信じます。魔王軍が来た。それでも国は滅びなかった。そして交渉をしてみせた。――その事実が、国を救う一歩になるのです!」
そういう事か。いやぁ………。
「大変なんだな。そりゃ、右手も臭くなるか」
「そうです。風呂すらまともに―――って、うぉおおおおおい! 何言わすんだ! やめろぉぉぉぉ!」
―――スロト王国近く・マメロ村。
朝のマメロ村は、いつも通りのんびりしていた。
畑を耕す者。
井戸端で世間話をする者。
子どもたちは走り回り、犬は寝ている。
「いい天気だぁ。のう」
「ほんとほんとぉ。城の方は馬鹿王で大変そうだぁがやぁ。うちらの方まで統治進んでねえのが救いでぁ、ねぇあ」
村人の老人たちは微笑んでいた。
だが、その穏やかな時間は破られる。
「……ぬぁ? なんでぇ、あれぁ」
村の外れの道に、黒い影が揺れた。
土埃かと見まがう。だが、明らかに違う。
「おい……あれ……」
「おお、なんでぇ、あれぁ、旗ぁ……」
村人たちは次々と畑から顔を上げ、
道の先を凝視した。
黒い旗。
ドクロ。
炎。
稲妻。
意味不明な英字。
そして、なぜかギターを持った骸骨の絵。
「……なんでぇ、どこの軍でぇ?」
「なんか、恐ろしいやぁ、ねぇ。あれぁ……」
旗の後ろには―――。
骸骨兵の軍団。
緑の髪の巨大な男。
そして、中央の謎の乗り物に乗って煙草を燻らせてる男。
「ま、魔王軍じゃぁぁ!!」
「逃げろぉぉぉ!!」
「村が滅ぶぞぉおおお!!」
マメロ村は一瞬でパニックに陥ったのだった。
―――同時刻・魔王軍。
「……なんか、騒いでるな。もっと、湿気てるかと思ったが、近隣の村はまだ活気があるじゃないか」
俺専用の乗り物―――“魔王ムーン”とかいう、誰が命名したのか分からないが、くそダサい名前、しかし、乗り心地は良い神輿みたいなでっかい押し車に座りながら、煙を一吐きする。
「ふぅ~……」
周囲には骸骨兵が整列し、その横をグルドが胸を張って歩き、さらにその横でツバキが姿勢を正して歩いている。
「おぶっ……おぶぅ……!」
そういう時期なのかね。歩かせるのはどうかと思い、乗れって散々言ったが、ツバキには珍しく、頑なに嫌がって嬉しそうにずっと歩いている。
「魔王。今、村着いたんね?」
椅子の傍の布袋から、ミリーの声がする。
「ん? ああ……なんか、目的の場所近くみたいだぞ?」
「そうなんね。なら、よし、なんね」
「おう。……つうか、お前、それどういうことなの?」
「ん? どういうことって、どういうことなんね?」
質問で返しやがるのか、こいつめ。
「いや、お前。なんで、外の風に当たると、その……」
「砂になるかってことなんね?」
「ああ。ビビったぞお前。外出た瞬間、急にサーって流れて、顔半分消えてんだからさ」
「引きこもりを極めたらそうなるんね」
「そうか……」
んな、わけあるか。
と、思ったが、面倒だからつっこむのはやめる。そんな事よりも、俺にはもっと気になることがあるからだ。
黒地にドクロ。
炎。
稲妻。
ギター。
謎の英字“DEATH☆KING”。
「……なあ、サエキさん」
「はい。どうなさいました? 魔王様」
「いや、旗さ、なんていうか、ロックすぎない? 魔王軍ってこんな感じなもんなの?」
サエキさんは一瞬だけ沈黙し、小さくため息をついた。
「コメントは差し控えますが、一つ申し上げるとすれば……作ったのは、グルド様です」
「うっわ! ぅうっわ! 絶対なんか全て間違ってるやつっ!」
俺は即座に叫び、それに気づいたのか、グルドは振り返り、満面の笑みで親指を立てる。
「わぁっはは! かっこいいだろぉぉ!」
「ちっ……くそが」
いや、実際、ちょっとカッコいいとは思った。なんか90年代のヘビメタみたいで、逆にありかと。ただ……グルドと分かったら、なんかむかつく。全てがむかつく。
「バラとピストルも、あったらよかったんね」
「古っ。いや、有り無し抜いても、バラとピストルと骸骨は古いっ。好きだけどなっ。でも、古いっ」
ツバキは旗を見てテンションが上がったのか、
「おぶぅぅぅぅ!!」
叫びながら旗の後ろを全力で追いかけていた。
教育には良くないとは思う。でも、旗以前に骸骨に囲まれて毎日すくすく育ってるから、もうなんか手遅れだし、いっか。
「ふぅ……そろそろ、か」
煙草を咥え直し、迫りくるマメロ村を見据える。
「さぁて、どうなるやらな」
―――マメロ村の外れ。
予定より少し早く到着したようだ。
骸骨兵たちは整列し、グルドは胸を張って仁王立ち。
ツバキは姿勢を正して前を見ている。
「…………」
俺は魔王ムーンの上で煙草を咥えながら、周囲をぼんやり眺めていた。
「……そろそろ、時間なんだけどな」
右・スタイラインが来る気配はない。
「……ハメられたか?」
嫌な予感が背筋を走った、その瞬間だった。
―――ガサッ。
草陰が揺れた。
「……ん?」
次の瞬間、四方八方の草むらから―――。
「うぉおおおおおおおおおお!!」
「かかれーー!!」
兵士。兵士。兵士。兵士。兵士。
大量のスロト兵が、武器を構えて飛び出してきた。
「はぁ……やりやがったな。……ミリー」
声を掛けると、布袋の中からミリーの声が返ってくる。
「魔王、呼んだんね?」
「ああ。……なんかやばいことなってるんだけど、敵の時間だけ止めれるか?」
「容易いんね」
布袋から、白い手だけがスッと出る。
そして―――。
パチン。
指が鳴った。
その瞬間、草陰から飛び出した兵士たちが、ピタリと動きを止めた。
剣を振り上げた者。
叫び声の途中の者。
転びかけた姿勢の者。
全ての襲ってくる兵士の時だけが止まっていた。
「……よし。じゃあ、全員の武器防具、全部奪っちゃって」
命じると、骸骨兵たちは一斉に動き出した。
「了解であります!」
「おらぁ、脱げぇぇ!」
「楽勝のよっちゃんでぇ! あ? よっちゃんどっから出てきた? まあ、いっかぁ!」
骸骨兵たちは、止まった兵士たちから、武器、防具、兜、盾、靴、腰袋、ベルトまで容赦なく剥ぎ取っていく。
―――30分後。
広げた巨大な布の上には、
兵士たちの武器防具が山のように積まれていた。
剣。槍。盾。鎧。兜。
なぜか弁当箱や財布まである。
「おぉぉう! 全部包んだぁぁぞぉ!」
グルドが布をギュッと縛り、その巨大な荷物を魔王ムーンの荷台にドスンと乗せた。
俺は煙草を一吐きしながら、その光景を見下ろす。
「……結局、こうなるわけね」
ミリーの声が布袋から響く。
「なにかあったんね? あの右の人ん」
「さぁ、な。ま、見に行けば、分かるだろ」
裏切るような奴に見えなかったのは確かだが……ま、あーだこーだ憶測を巡らしても意味はない。
向うのみだ。




