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第2話ー③ 湖畔の罠

「なんだかいい人っぽかったね」


 キリヤは歩きながら優香にそう告げる。


「さっき『僕はそんなに単純じゃないよ!』って大声出していたのは、誰だっけ? ――あ、ここだ」


 優香は足を止めて、目の前にある今にも崩れ落ちそうな家屋を指さした。


「え、本当にここなの? 誰も住んでいそうじゃないんだけど」

「まあ確かにね。でもたぶんここに住まなきゃいけない理由があるんでしょ。ほら、話聞きに行くよ」


 そう言ってその家の敷地内へと歩みを進める優香。そしてキリヤも遅れて優香を追う。


 インターホンがないことを知った優香は引き戸になっている玄関の扉を叩き、


「どなたかいらっしゃいませんか?」


 と声を掛けた。


 すると、家の中から中年の男性が出てきた。


「ああ、もしかして手紙を読んできてくださったんですか?」


 そう言って微笑む中年の男性。


 まさか、本当に人が住んでいるなんて――


「ええ。まあ、はい」


 キリヤはそう言って頷いた。


「じゃあ、さっそく中へ! こんなところで立ち話もなんですから!」

「お邪魔します……」


 そう言ってキリヤは恐る恐る家の中に足を踏み入れる。


 優香に言われていた、『何が起こるかわからない』の言葉の通り、ここでは何かが起こりそうだと思うキリヤ。


 ところどころささくれている畳が敷いてある居間。その居間の中央にある使い込まれた丸いちゃぶ台。窓枠が歪んでいるのか、微妙に空いている窓。そして居間から見える一段下がった台所。キリヤたちのいるこの家は、現代の家よりも古い家の造りをしていた。


 こんな崩れそうな家に住んでいるなんてありえるのか? それに家の中もなんだか物が少なくて生活感がないように思える――


 キリヤはそう思いながら優香の方を見ると、優香も同じように思ったのかキリヤと目が合うと頷いた。


「えっとじゃあ、適当なところに座っていてください。お茶の用意をしてきますので」

「ありがとうございます」

「えっと急須はどこだったかな……」

「ご自身の家のことなのに、あまり詳しくないんですね」


 キッチン周りでうろうろしている男性にそう告げる優香。


「あはは。そういうことはいつも娘がやっていてね」


 苦笑いをしながら、そう返す男性。


「その娘さんが今回依頼した理由でしたよね。今はどちらにいるんです?」

「ああ、この時間は人目につかない場所で隠れているんだよ。たぶん湖畔が見える公園かな。あの子は部屋に籠るかその場所にいることが多いんだよ」

「そうですか」


 そう言って、優香は考え込んでいるようだった。


 この数分で優香はこの男性から何かを察し、今の質問に至ったはずだ。そしてその答えから、また何か思いついたのかもしれない――


 そんなことを思いながら、優香を黙って見つめるキリヤ。


「その子にお会いすることは可能ですか?」


 優香のその問いに男性は、


「湖畔に行けばもしかしたら会えるかもしれませんが、でも今日はきっと難しいと思いますよ。少々、ご機嫌斜めだったので」


 困った顔でそう答えた。



「じゃあ今日は無理そうだね、その子の調査は明日でもいいんじゃない?」


「そうね。今日は話だけのつもりだったしね。――それで、お父さん。その子の能力って何なのですか? 人に知られたくなくて籠ってしまうほどの能力という事ですよね」


「ええ、実は娘は『水』の能力者で、水を巧みに操るのです」



 ――『水』、か。案外普通の能力のような気がする。


 キリヤはそんなことを思いながら、優香たちのやり取りを聞いていた。


「どうして引きこもることになってしまったんですか? 特段変わった能力とは思えませんが」

「ええ。実はその力を使って、大切な友人を傷つけてしまったとか。そしてそのお友達も今は――」


 そう言って顔を伏せる男性。


「そんな……娘さんはきっとすごく傷ついたんですよね。それに辛かったんだろうな……それくらいのことしか言えなくてすみません」


 キリヤは男性の方を見て、悲しそうな顔でそう言った。


「いいんですよ。私はただ、娘が幸せになってくれれば、それでね」


 男性はそう言って微笑んだ。


 こんなに娘さんのことを大切に思って……だったら、僕は僕のできることをしないと――!


「任せてください! 僕たちが必ず解決します!! そして娘さんを笑顔にします!」

「宜しくお願い致します」


 そう言って頭を下げる男性。


 その後、ようやく出てきたお茶を飲み、キリヤたちはその家を後にしたのだった。




「君はやっぱりお人よしというかなんというか……」


 優香は歩きながらため息交じりにそう言った。


「え、でもさ……あんな顔で言われたたら、自然にそんな返答になるでしょ!」

「まあ、普通ならね」


 優香はそう言って眉間に皺を寄せた。


「どういうこと?」

「普通じゃなかったってこと」

「?」

「あれは全部嘘。だってあの部屋の奥に押入れがあったけど、そこに人の気配を感じた。たぶんあの場所にいるよ。噓つきの狼少女がね」


 狼少女、か――


 キリヤは先ほどまでいた男性の家の中を思い出す。


「そんな……でもなんで?」

「さあ。でも今回の任務は一筋縄じゃ行かないってことね」

「所長たちに報告する?」


 キリヤのその問いに優香は少しだけ考えると、


「今はまだいいや。もっと事態が深刻になったら報告しよう」


 キリヤをまっすぐに見てそう答えた。


「わかった」

「じゃあ今日はもう宿に戻ろうか。宿主さんがきっと私たちの帰りを待ってるよ」

「そうだね。ああ、今夜の夕飯は何だろうね」


 キリヤたちはそんな話をしながら、民宿「ふじやま」に戻ったのだった。



 ***



 男性は窓から帰っていくキリヤたちを見ていた。


「ようやく帰ったか?」

「悪かったね。あんな狭いところに君を閉じ込めて」

「構わん。魔女様を消した奴らの顔を、一目見ておきたかったからな」


 そう言いながら、男の隣に立つディープブルー色の長い髪をした少女。


龍海たつみがそれでいいのならよかった。じゃあ明日は頼んだよ?」

「ああ、任せておけ。あの2人は、私があの世へ葬り去ってくれよう――」


 龍海はそう言って窓から見えていたキリヤたちを睨む。


「それじゃ、僕も明日の準備を進めなくてはね。――これから東京に戻る。あとは手はず通りにね」

「ああ」


 そして男は不気味な笑みを浮かべたのだった。

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