第7話ー勧告
剛の部屋にて――。
「剛君。そろそろ経過も落ち着いてきたことだし、S級クラスの保護施設に戻ろうか」
突然部屋にやってきた所長は、笑顔で剛にそう告げた。
「え……いきなりですね」
所長からの突然の勧告に、剛は目を丸くしてそう答えた。
「そうかい? これでも遅い方だと思ったが」
所長は顎に手を当てて、剛にそう言った。
それから剛ははっとして、ローレンスが研究所に来たときのことを思い出す。
「もしかして、この間の襲撃事件と何か関係が――」
「いいや。それは関係ないよ」
剛の言葉を遮るようにそう言う所長。
「ただ君も暁君の傍にいたほうが、きっといろいろと得るものがあるんじゃないかって思ってね。これはキリヤ君も同じことを言っていたかな」
「そう、ですか……」
キリヤがそんなことを……でもなんで今なんだろう。タイミングが微妙すぎる。だからこそ、この間の襲撃事件と関係あるんじゃないか――?
そんなことを思いながら、眉間に皺を寄せる剛。
「なんだか、納得いっていない様子だね」
剛の顔をみながら、所長はそう告げた。
「……あの、いくつか質問してもいいですか?」
「ああ。私が答えられることならなんでも」
笑顔を崩さず、剛にそう告げる所長。
「まず一つは『グリム』ってなんですか?」
「それは私たちが所属する研究組織の総称だよ」
「総称……じゃああの、『エヴィル・クイーン』は――」
「ああ、それは――我々と同じような研究をしている別の団体の総称かな」
「そう、ですか……」
なんだかはぐらかされたような気がするけど――
「あと、キリヤってどんな仕事をしているんですか? 普通の研究員とは思えなくて……」
「ほう」
「この間の襲撃事件の時、その『エヴィル・クイーン』の奴らはキリヤを狙っていましたよね? 同じ研究をしているだけの団体がわざわざ命がけでキリヤを狙ってくる意味が俺にはわかりませんでした」
剛は所長から目をそらしながら、そう告げた。
「――キリヤ君の複合能力は珍しいからね。きっとそれに目をつけたんだろう。植物を使って、治癒ができる能力者は今まで見たことがないから」
やっぱり怪しい。何か真実を隠しているように感じる。なんで俺には教えてくれないんだ? 俺が信用に足らない人間だから? 俺がまだ子供だからか――?
そう思いながら剛はゆっくりと顔を上げ、その視線を所長に向けた。
「聞きたいことはそれだけかい?」
所長はニコッと微笑みながらそう言った。
「あ、えっと……『ゼンシンノウリョクシャ』ってなんですか?」
「? それは誰から聞いたんだい?」
そう言って首をかしげる所長。
「ローレンスからです。俺は『ゼンシンノウリョクシャ』じゃないからって」
「ほう……」
所長はそう言ってから、顎に手を当てた。
「あの、所長?」
「あ、ああ。すまない。それについては私もわからないな……えっと、じゃああとはいいかな?」
「は、はい」
「施設への手続きはこちらで進めておくよ。数日中には移動になると思うから、それまでに荷造りをしておいてくれ」
「わかりました」
俯きながら答える剛。
「剛君。君はこれから叶えたい夢に向かって歩き出すんだろう? だったら他のことは気にせず、自分のことだけを考えなさい。歩む先を間違えないでくれたらいいなと思っているよ。これはキリヤ君も同じ思いだ」
所長は笑顔でそう言った。
歩む先を間違えるな、か。でも大切な友人のことを心配するのは、普通の事なんじゃないのか――?
「……はい」
「いつか君に真実を話せる日が来たとき、きっとキリヤ君から話してくれるはずだ。だから君は今君がすべきこと、出来ることをするんだよ」
その言葉を聞いた剛ははっとした。
キリヤだってもしかしたら、本当のことを話せなくて辛いのかもしれない。それは俺がまだガキだからだ……だったら早く大人になって、対等な目線で話せるようにならなくちゃな。今の俺にできること、それは――
「所長。いろいろとお世話になりました。俺、必ず教師になります! そして自分みたいに困っている能力者の子供たちを支えたいって思っているんで!!」
剛は笑ってそう答えた。そして剛のその言葉に所長は突然笑い出す。
「やっぱり君も暁君の生徒なんだな!!」
「え、な、なんで笑うんですか!! それと間違いなく俺は暁先生の生徒ですよ!! でもなんでそんなことを?」
俺、変なこと言ったか――!?
「いや、昔暁君も似たようなことを言っていたと思ってね! それで懐かしくて、ついね……だから君のことを馬鹿にしたわけじゃないよ」
「そうですか……暁先生も、同じことを」
そう言って嬉しそうに微笑む剛。
「ははっ。随分と嬉しそうな顔をしているね?」
「あははは。それって、俺も少しずつ暁先生に近づいているってことなんですよね」
「ああ、きっとな」
「だったらますます頑張らないと!」
そう言って拳を握る剛。
「でも無理はダメだからね?」
「わかってますって! もう先生には心配かけたくはないですから」
「そうか……そうだな! じゃあ移動の件はよろしく頼むね」
「はい!!」
そして所長は部屋を出て行った。
「荷造りか……と言っても、特に持っていくものもないんだけどな」
そう言いながら、部屋をぐるりと見渡す剛。そして久しぶりに施設へ帰れることへのワクワク感が溢れ始める。
「いつぶりだろうな。2年ぶりくらいか? ほとんど眠っていたからそんなに経っている気はしないんだけどな」
そしてキリヤのことを思い出す剛。
「キリヤは俺に気を遣ったんだろうな……まったくいつの間にか大人になりやがって! 俺も早くお前に追いつかなくちゃな」
それから数日後、剛は研究所を出たのだった――
***
「火山君、行っちゃったらしいよ。見送り、本当に良かったの?」
カフェでコーヒーを飲みながら、優香は正面に座るキリヤにそう尋ねた。
「うん。今はこれでいい。永遠の別れじゃないからね」
「そっか。でもあの時会っておけばよかった、なんて後悔は絶対にしないでね? 永遠の別れではないかもしれないけど、ずっと変わらないものなんてないからさ」
優香は悲しそうな表情でそう告げた。
優香はきっと、また僕が考え込んでしまわないかって心配してくれているんだよね――
そう思いながら、
「……うん。ありがとう、優香。後悔はしない。後悔しないようにするんだ。僕自身の行動でね」
キリヤは笑顔で優香に答えたのだった。
「はあ。君がそう言うのなら、それでいいのかもね」
少々あきれ顔で優香はそう言ってから笑った。
「うん! じゃあこのあと訓練室に行こうよ! ちょっと身体を動かしたいし」
「いいよ、私もそう思っていたところだから」
それからキリヤたちはカップのコーヒーを飲み干すと、いつものように訓練室へと向かっていったのだった。