第6話ー⑥ 訪問者
――研究所、廊下にて。
ローレンスの足止めをするために残った剛は、今もなおローレンスと拳を交えていた。
「おらぁ!!」
ローレンスがそう言って振るった拳を、剛は炎を纏わせた手で受け止める。
「ふっ……なかなかやるな、ローレンス!」
「剛もな! お前ほどの能力者には久々にあったぜ!!」
剛たちは互いに顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「サンキューな! でも俺の本気はこんなんじゃないぞ!」
「ははは、そうか! じゃあ、俺もそろそろ本気で行かないとな!!」
ローレンスはそう言って、剛から距離を取った。
いったい、何をするつもりなんだ――? 剛はそう思いながら、ローレンスを静かに見つめた。
「うぐぐぐ……」
ローレンスがそう唸ると、先ほどまで青々としていたローレンスの腕のうろこが、真紅に染まっていった。
「な、なんだ……?」
うろこの色が、変わっている――?
剛はそう思いながら目を見開き、その変化を静かに見つめていた。
「――俺は『ゼンシンノウリョクシャ』にはなれなかったからな。一時的に自分の血液を使って能力と同化することで、能力の底上げができるのさ」
また知らない言葉か……『ゼンシンノウリョクシャ』って何なんだ? それに――
「血液を使ってって……なんでそんなことをするんだよ! そんな、命がけなこと――」
「俺は力がほしかった。弱い自分がずっとずっと許せなかったんだ!!」
ローレンスのその言葉に、かつての自分が重なる剛。
俺も弱い自分が嫌になって、ずっと力を求めていた。もしも俺が先生に会えなかったら、今のローレンスみたいに――?
そんなことを思いながら、剛はローレンスを見つめる。
「そんな俺に、あの人は……魔女様は力をくれた。弱かった俺を、こんなに強くしてくれたんだよっ!! だから俺は魔女様に従うと決めたんだ。それで自分の身を滅ぼすことになっても」
そう言うローレンスの顔には覚悟が現れていた。
弱い自分が嫌だと思う気持ちは、俺にだってわかる。でも、今のままじゃローレンスは――
剛はそう思い、悲しい表情をした。
そしてローレンスの身体が完全に真っ赤なうろこで覆われると、
「さあ続きをやろうぜ、剛」
ローレンスはそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
そんなローレンスの表情から、自分の力を絶対的なものだと信じているんだなと剛は思っていた。
「なあ。その力は、本当の強さなのか……?」
剛は小さな声でそう呟いた。そしてかつて暁に言われた言葉が脳裏をよぎる。
『お前の弱さはその強大な力に頼り切っていることだ――』
やっぱり昔の自分とローレンスはよく似ている、と剛は今のローレンスの姿を見てそう感じたのだった。
「そんな上っ面な力があったって、本当の意味では強くなれない。それに気が付かせないと……」
そう呟きながら、剛は両手の拳を握った。
でも俺はローレンスに勝てるのか……? 今の俺は、少しずつ体力が回復していると言ってもまだ全盛期ほどじゃ――
そして剛は首を振る。
自分がここで倒れれば、ローレンスの言う強さが本当の強さになってしまう。だからどうにかして、この戦いに勝たないと――
剛はそう思いながら、顔をゆっくりとローレンスに向けた。
「そう。ローレンスのために――」
「さっきから、ぼそぼそと何言ってやがるっ!」
「こっちの話だ!!」
「ちっ、そうかよ……んじゃ、行くぜ! 剛!!」
そう言って、勢いよく剛に向かって駆け出すローレンス。そして剛は身構え、向かってくるローレンスに備えた。
「守ってるだけじゃ、俺は倒せねえぞ!!」
そう言ってローレンスは走っている勢いのまま握った拳を振り上げた。
そして剛は自身の身体に炎をまとわせ、そのローレンスの拳を両手でガードするための態勢を取る。
しかし先ほどより威力の増したローレンスの拳を剛は防ぎきれず、身体ごと吹っ飛ばされて、床に全身を打ち付けた。
「くっそ――」
そう言いながら両手を使い、ゆっくりと上半身を起こす剛。
痛ってぇ。ローレンスの言っていたことは、本当だったんだな――
そう思いながら、剛は下を向いたままだった。それからローレンスの増幅された力に驚愕しつつ、何か打開策はないかと考えを巡らせる剛。
能力はローレンスの方が上。だったら、まともにやり合っても勝てないだろうな。この状況……いったいどうすれば、いいんだよ――
「その程度か、剛? お前も結局、その程度の力しかないのか??」
ローレンスは冷めきった態度で剛にそう告げた。
「ははっ。お前にとっては、その程度なのかもな。でも……能力に頼るしかないお前なんかに、俺は絶対負けないぞ!」
そう言って剛はよろよろと立ち上がった。
そんな剛を見て、ローレンスは剛へ鋭い視線を送る。
「結局、最後は力あるものが勝つんだ! 俺はそれを見てきた。弱者は強者に従うしかないんだよ!!」
「お前が何を見てきたかは知らないけどな、俺はそう思わない。力で負けても心で負けなければ、必ず勝てる! 俺は先生からそれを教わったんだ!!」
剛はローレンスの顔をまっすぐに見て、そう告げた。
「うるせえ! 本当の強さを俺が証明してやる!!」
そしてローレンスのうろこがさらに真紅色へと染まっていく。
「やめろ! そのままじゃ、本当にどうなるか――」
「この力を得た時から、俺はもう未来を捨てている! もう未来なんてどうでもいいんだよ!」
未来がどうでもいいなんて、そんなわけないだろ――!
「ローレンス!!」
「俺は今、強くありたいんだ! 弱いままじゃダメなんだよ……弱さは悪だ!! だから弱い奴なんている価値はねえ!!」
このままじゃ、ローレンスが暴走しちまう。そうしたら、本当にローレンスの未来は――剛はそう思い、冷や汗をかきながらローレンスを見つめる。
今の自分ではローレンスを止められないと悟った剛は、自分にできることを必死に考え続けた。
そしてそんな剛に向かってくるローレンス。
俺の考えだけじゃ、きっと答えは出ない。じゃあ暁先生なら、こんな時にどうする――?
それからはっとした剛は、突然自分の能力を解いた。
「!?」
剛のその行為に驚いたローレンスは、一瞬だけ静止する。
「能力に頼ることだけが強さじゃないぞ、ローレンス!!」
そう言いながら剛はローレンスの手首を掴み、その身体を自分の方に引き寄せる。そしてその勢いのまま、剛はローレンスの顔面に拳を食らわせた。
「ううう……」
ローレンスはそう言って顔を押さえながら、床に転がったのだった。