第6話ー④ 訪問者
「剛、逃げられたかな……」
キリヤはそう呟きながら、廊下を走っていた。
「はあ、はあ。ここまで来れば、さすがに大丈夫、だよね……」
そう言って立ち止まったキリヤは、膝に手を当てて肩で息をした。
すると――
「やっと追いつきましたよお」
雲に乗った奇抜の服装の少女がキリヤ目掛けて飛んでくる。
「は、はあ……? 何だよ、それ」
これ以上は、さすがにもう、無理だ――
キリヤは呼吸を整えながら、そんなことを思っていた。
そして少女はキリヤの前まで来ると、雲から飛び降りた。
「よっと。まあまあ、少しは話を聞いてくださいよ! 場合によっては、戦わずに済むわけですしい」
口元に手を当てながら、少女は笑顔でそう言った。
「は、話って、何……?」
肩で息をしながら、そうキリヤは少女に尋ねた。
「ふっふっふ~。キリヤ君が、自分の意思で私たちの元に来ればいいってことです!」
「そ、そんなこと、するわけないだろ! 僕は『グリム』のメンバーなんだから!!」
「そうですよねえ。キリヤ君なら、きっとそう言うだろうなって思っていましたよ。じゃあ交渉決裂ってことで……力づくで連れて帰りますね?」
少女はそう言いながら笑い、左手を前に突き出した。すると、そこから小さな氷の刃が複数生成される。
「じゃあ、ちょっと痛いかもですが――!」
そう言うと、少女が生成した氷の刃がキリヤに向かって飛んでいく。
氷……!? まさか僕と同じ能力者なのか――?
そう思ったキリヤは右手を前に突き出し、向かってくる氷の刃に対抗するための氷の刃を生成した。
さすがに同じ属性だから、相殺するくらいしかできないけど――
そして飛んできた氷の刃を次々に破壊するキリヤ。そんなキリヤの様子を見て、少女はニコニコと微笑んでいた。
それからキリヤがすべての刃を破壊し終えると、少女はキリヤに拍手を送る。
「――いやあ。さすがですねえ。魔女様が君を手に入れたくなる気持ちがわかる気がします」
また魔女様って……その魔女と僕に何の関係があるんだ――?
「……ねえ、教えて。その魔女様は、なんで僕を狙うの?」
「さあ。私にもわかりませんね。でも君は特別なんだそうですよ」
少女は首を振りながら、そう答えた。
――僕が特別? どういうことなんだろう。能力者としてってことなのかな。
「まあ、そんなことは本人にでも聞いてみたらいいんですよ。君はどうせ『エヴィル・クイーン』の仲間になるんですから」
少女はニコッと微笑みながら、キリヤにそう告げる。
「ならないよ、絶対に。僕はここで能力者の子供たちを助けるって決めたんだから。もう、慎太のようなことには――」
「慎太……? ああ、あの爆弾少年ですか!」
少女の言葉に息を吞むキリヤ。
「慎太を、知っているの……?」
「ええ。もちろんですよお。彼を『エヴィル・クイーン』に案内して、『林檎の雫』って言う『ポイズン・アップル』を模したリンゴエキスを体内に取り込んだのは……他でもない私ですから」
もしかして、この子が慎太の探していた――
「でもせっかく力を授けてあげたのに、全然研究のデータが取れなくて困りましたよお。あーあ、これだから失敗作は」
笑顔でそう説明をする少女。
慎太が、失敗作……? そんなの、使い捨ての実験動物みたいな言い方じゃないか――
そう思いながら、両手の拳を握るキリヤ。そしてその拳は、怒りで小刻みに震えていた。
「……君の、名前を聞いてもいいかい」
キリヤは俯きながら、少女にそう告げる。
「ええ。私はキキ。『エヴィル・クイーン』で『ポイズン・アップル』関係の開発を担当しています。そして今は『ポイズン・アップル』に代わる新しい薬の研究中で――」
キキがそう言いかけると、キキの半径5m以内が凍り付いた。
「もういいよ。もう、わかったから。キキ、君のせいで慎太は……」
「あれれ? もしかして、怒っちゃいました??」
「別に。でも、僕は君を絶対に許すわけにはいかない。ここで、君を――」
そう言ってキキの方を向くキリヤ。
「いひひ。その冷たい目、ぞくぞくしますねえ。それで? 私を、なんですか?」
キキは挑発するように、キリヤへそう告げた。
その言葉を聞いたキリヤは、ふと慎太が命を落としたあの現場の光景を思い出していた。
血液が飛び散った悲惨な現場。服の切れ端だけが残り、あとは慎太の姿は跡形もなくなっていた。
その場で抱いた喪失感。そして後悔と、怒り。
慎太はキキと出逢わなければ、こんな未来が待っていることはなかったはずなのに――キリヤはそう思いながら、さらに強く拳を握る。
「慎太が味わった痛みと苦しみを、君に教えてやる!」
そう言ったのと同時に、キリヤは床に両手を付ける。すると、キキの足元から巨大な氷柱が出現した。
しかし、その氷柱をひらりと避けるキキ。
「へえ。そんなこともできるんですか。でも私には効きませんよ?」
キキはそう言って、出現した氷柱にそっと触れる。
「私の能力は『天気』。あらゆる天気を再現できる能力ですから」
キキがそう言っているうちに、氷柱は溶けてなくなっていた。
「『天気』……」
今のは、晴天の陽光ってところか――
キリヤはそう思いながら、解けた氷をじっと見つめた。
「だから氷の能力者のキリヤ君には、ちょっと分が悪いかもですね――!」
そう言ってからキリヤに向かって駆け出すキキ。
氷は効かない……だったら――
キリヤはポケットに入っている一粒の種を取り出した。そしてそれを床に落とす。
「僕の能力は氷だけじゃないよ! 発芽!!」
キリヤの掛け声で、床に落ちた種から太い蔓が出てくる。そしてキキはその蔓の手前で停止し、蔓を見つめた。
「へえ。面白いですね」
「捕まえて!!」
キリヤがそう言うと、蔓が動き出し、キキに向かっていった。
「これはちょっと、厄介ですね……でも」
キキが指をパチンと鳴らすと、生えていた蔓に雷が落ちる。そして蔓の動きが止まると、その蔓は枯れてしまったのだった。
「積乱雲には要注意ですよ?」
笑顔でキリヤにそう告げるキキ。
「君も一筋縄じゃいかないわけだ」
ほぼ互角の戦いに、唇を噛むキリヤ。
力があれば、違ったのか? 僕はこんなに弱い。だから慎太も――
「あらら? よそ見はダメですよお??」
キリヤの一瞬のスキを見たキキは、そう言って氷の刃を再びキリヤに放つ。
「はっ、しま――」
自身の能力発動が間に合わなかったキリヤは、咄嗟に氷で身体を覆った。
「ううう……」
直接攻撃は受けなかったものの、キキからの氷の衝撃はすさまじく、その場に膝をつくキリヤ。
「さて、トドメですかねえ。随分、あっけない気がしましたけど」
そんな……僕はここまでなのか――
そう思いながら、俯くキリヤ。
「ふふふ。大丈夫。『エヴィル・クイーン』に来てくれたら、今よりももっと強くなれますよ? そのために私は研究しているんですから」
そう言いながらキリヤに歩み寄るキキ。
「確かに、力はほしい……でも君たちの言う力は、間違ってる! だから僕はそんな力はいらない!!」
キリヤはそう言って立ち上がろうとするが、足に力が入らずなかなか立ち上がれずにいた。
「ふふふ。そんな無様な格好で言ったって、説得力はないですよお?」
ここで僕が屈したら、優香の頑張りも無駄になってしまう――
必死に足に力を入れ、立ち上がろうとするキリヤ。しかし体が言う事を聞かず、キリヤは迫ってくるキキに焦りを感じていた。
「ちょっとしびれますけど、大丈夫。君は眠っていればいいんです」
右手に雷の電気を溜めながら、キキはそう言って微笑んだ。
僕は、どうしたら……先生、助けて――
キリヤはそう思いながら、目を閉じると、
「間に合ってよかった」
そう言う声と共に、フードを被った少年が現れる――。




