第5話ー② 不安
――訓練室。
「白銀さん??」
『ああ、聞こえているよ。本当に休憩はいいのかい?』
「はい。お願いします」
『わかった。でも少し待ってくれるかい? そっちに優香君が向かったから』
「は、はい」
優香もモニタールームにいたんだな――
そんなことを思いつつ、座ったまま「ふう」と息を吐き、優香が来るのを待つキリヤ。
そういえば、最近優香とゆっくり話すことがなかったかもしれないな――とふとキリヤはそう思った。
慎太のことで優香に励まされたあとから、キリヤはずっと訓練室に籠って訓練ばかりしていた。自分の弱さの克服と慎太への償いのために、強くならなければならないとキリヤは思っていたからだった。
そして先日。暁が研究所に訪れた時も、今の気持ちのままでは会えないからと意地を張って訓練室に籠っていた。
「先生、僕のことをどう思っただろう。やっぱり冷たいって思ったかな……」
本当は会いたかった。でも先生に会えば、また先生に頼ってしまいそうで怖かった。先生がいないと何もできない大人にはなりたくない。だから、僕は――
「大丈夫、キリヤ君?」
いつの間にかやってきた優香が、心配そうな顔でキリヤの顔を覗き込む。
「あ、優香。……うん。平気だよ」
そう言ってキリヤは立ち上がった。
「君が大丈夫って言うなら信じるけど、でももし無茶して倒れたら、その時は許さないからね」
そう言って真剣な表情をする優香。
言っていることはちょっとあれだけど、優香なりの心配なんだろうな――キリヤはそう思い、優香に微笑みながら、
「ははは。わかったよ。心配してくれて、ありがとう」
そう答えたのだった。
『じゃあ、そろそろ訓練を始めようか』
「「はい」」
そして模擬訓練が始まったのだった。
***
ここでの戦闘を終えたら、あとは能力者の子供を助けるだけ――
優香はそう思いながら、ホログラムのビル内を走っていた。そして目の前に複数人の(ホログラムで映し出された)大人たちが現れ、優香たちは立ち止まる。
「キリヤ君、あとは私がここを何とかするから、君は能力者の子供を――」
優香がそう言ったのと同時に、キリヤはその大人たちに向かって走り出していた。
「え!?」
「ここは僕が1人で何とかするから、優香は子供を追って!」
「う、うん。わかった!」
1人でって……いつものキリヤ君らしくない――優香はそう思いながら能力者の子供の元へと向かった。
それから優香は無事に子供を保護して、訓練は終了となった。
『だいぶランクを上げたけど、クリアするなんて! 成長が目覚ましくて嬉しいよ』
ゆめかがカメラ越しにそう告げた。
「あはは。ありがとうございます」
優香はそう言って苦笑いをしながら、キリヤの方を向く。
確かに、前よりは成長したとは思うけど――
疲れ切っているキリヤを見て、心配な表情になる優香。
「白銀さん、次の訓練、を……」
キリヤはふらつきながら、カメラの向こうにいるゆめかにそう告げた。そしてそんなキリヤを優香はそっと支える。
「今日はもう終わり。こんなにボロボロじゃない」
「まだ、やれる、よ」
「ダメ!」
そう言って、優香は蜘蛛の糸でキリヤをぐるぐる巻きにした。
「ちょっと、これは何のつもり!?」
「その糸を自力で解く力が残っているなら考えてもいいよ」
優香はそう言って、そっぽを向いた。
「えええ……」
「ちなみにその糸は動けば動くほど、力を消耗する造りになっています!」
「そん、な……でも、僕は――」
そのまま意識を失うキリヤ。
「はいはい。良い子は早く寝なくちゃだよ」
優香はそう言ってから、糸を解いてキリヤに膝枕をした。
『じゃあ、今日はもう終わりで良いね』
「はい。もう少しここでゆっくりしたら、キリヤ君を部屋に連れて行きますので」
そう言いながら、優香はカメラの向こうにいるゆめかに微笑んだ。
『1人で大丈夫かい?』
「ええ。それに最近2人でいられる時間が少なかったので、少しでも多く2人で過ごしたいなと」
優香はそう言ってキリヤの顔を見つめた。
私には時間に限りがある。だから、少しでも長くキリヤ君といたいからね――
『ほーう。そうか、そうか。わかったよ。じゃあ、2人でごゆっくりね!』
その言葉に優香は頬を赤く染め、カメラの方を睨む。
「そんな意味深な感じで言わないでくださいよ! た、ただ純粋にそう思っただけで!」
『ふふふ。わかったよ。じゃあ、お疲れ様!』
「お疲れ様です!」
それからゆめかからの返事はなかった。
「まったく……」
そして優香は眠るキリヤの顔を見つめた。
「君は1人じゃないんだから、1人で頑張りすぎなくてもいいんだよ。もっと私のことも頼ってくれていいんだからさ」
そう言いながら、キリヤの前髪に触れる優香。
それにしても、本当に綺麗な顔だよね――
そんなことを思ってキリヤの髪に触れていると、自分の手に蜘蛛の糸が絡んでいることに気が付く優香。
「あれ、完全に解いたはずなんだけどな……」
この糸、キリヤ君に絡んでいた糸じゃない。私が無意識に生成したものだ――
そして優香は、先日暁たちから聞いた話を思い出す。
「もしかして、予想よりも魂の侵食が進んでいるの……?」
自分の両手を見つめる優香。そしてその両手をぎゅっと握りしめる。
「まあいつかはこうなる運命なんだもの。私は後悔しないよう、今を生きるだけだよ」
それから優香はキリヤを背負い、訓練室を出たのだった。