第3話ー⑮ 毒リンゴの力
その後の処理は警察関係者に任せて、優香とキリヤは研究所に戻ることになった。
「2人ともお疲れ様」
迎えに来た八雲は優しく微笑みながら、そう言った。
それから優香とキリヤは車に乗り込む。
「今日はなんだか大変だったみたいだね」
「は、はい……」
優香は八雲の問いに困り顔でそう答えた。
「キリヤ君は、どうだった?」
「……」
八雲のその問いかけに、何も答えないキリヤ。
しばらくの沈黙のあと、優香はルームミラーに視線を送ると八雲と目が合った。
そして八雲は何かを察したのか、
「あはは、2人とも本当にお疲れ様。今はゆっくり休んでくれればいいから」
そう言って優しく笑顔を作る。
「……」
しかし相変わらずキリヤからの返事はなく、それを見た優香も八雲も困り果ててしまった。
キリヤ君はこのまま立ち直ることができるのだろうか――
優香はなんとなくそんな不安が頭をよぎった。
大切な人の死を目の当たりにすることは、とてつもなく辛い経験であることは間違いない。私だってお母さんを殺めたことはずっとずっと悩んできたんだから――。
そして優香は、もし彼がこのまま立ち直れないのなら2人で研究所を出ようと決めた。
キリヤ君をこれ以上、傷つけたくはない。キリヤ君はずっと優しいキリヤ君でいてほしいから――。
それから数分後。優香たちは研究所に到着した。車から降りた優香たちは建物の中に向かって歩きだす。
「待って!」
そう言って八雲が優香達を呼び止めた。
普段そんなことをしない八雲の行動に優香は少々驚き、
「どうしたんですか?」
振り返りながら、そう言った。
「今日の報告はやめておいた方がいいんじゃないかな。所長には一応連絡はいれてあるし、今日はゆっくり休んだ方がいいよ」
心配そうな顔でそう言う八雲。
きっと今のキリヤを見ての判断なんだろうなと優香はそう思った。
しかし優香はそんな八雲とは違う思いでいた。
たぶんこのまま部屋に帰ってしまったら、キリヤ君はもっと辛くなるかもしれない――そんな気がしていたからだった。
「あ、あの八雲さ――」
「大丈夫です。仕事ですから」
優香が八雲に声を掛けようとした時、キリヤはその言葉を遮るように淡々と八雲にそう言った。
「え……」
このまま帰しちゃダメだとは思うけど、でも大丈夫なはずがないじゃない。そんな力の抜けた声で言われても説得力なんてないのに――
そう思いながら、キリヤを見つめる優香。
「キリヤく――」
「行こう、優香」
キリヤは優香の言葉を聞く前に、再び建物の中を目指して歩いていった。
「ちょっと、待って!」
優香は八雲にお辞儀をしてからキリヤのあとを追った。
――研究所内、廊下にて。
優香はキリヤの後ろを静かに歩く。
その背中はやはりまだ落ち込んでいる様子で、優香はそれがわかっていてもなんて声を掛けていいのかわからずにいた。
さっきひどいことを言ってしまった私はキリヤ君に嫌われてしまったかもしれない――そう思う優香はなおさら、キリヤに声を掛けることが怖く感じていた。
私はどうしたら、いいんだろう――
そんなことを思っているうちに、優香たちは所長室の前に到着した。
しかし扉の前で立ち止まったまま動かないキリヤ。
「ねえ、入らないの?」
優香はそんなキリヤにそう問いかけた。
「大丈夫」
そう言ってから、キリヤは扉をノックする。
また、大丈夫って――そう思いながら、優香はキリヤを見つめた。
「はい。どうぞ」
「失礼します」
そして優香とキリヤは所長室へと入っていった。
「おかえり」
所長はそう言って優香達に笑顔を向けた。
「「お疲れ様です」」
優香達はそう言って所長に頭を下げる。
「いろいろと大変だったみたいだね。話は八雲君から聞いているよ」
「そうですか」
所長の言葉を聞いても動じずにそう答えるキリヤ。
それを見た所長は心配そうな顔をして、
「ああ。辛いこともあるだろうが、とりあえず君たちの見たことを報告してくれ」
優香たちにそう言った。
優香がキリヤの方をちらりと見つめると、キリヤは「はい」と返事をして、あの場所で起きたことを淡々と所長に説明を始めた。
本当は辛いくせに、なんでそんな淡々と――
そう思いながら優香は心配そうな顔をして、所長に説明するキリヤの方を見ていた。
そしてキリヤのその言葉には何の感情もなく、ただの傍観者だったかのように淡々と説明を続けていた。
「――彼は最後に自身の能力によって爆発し、死亡しました。報告は以上です」
「そうか。わかった」
「はい」
キリヤは表情を変えずに、所長にそう答えた。
そんなキリヤを見た所長は少しだけ悲痛な表情をした。それから柔らかな笑顔を作ると、
「今日は部屋に戻ってゆっくり休んでくれ。君たちにはまだやってもらいたいこともあるからね」
キリヤと優香を交互に見てそう言った。
「はい」
「は、はい……」
そして優香たちは所長室を出た。
「……」
「……」
所長室を出た優香は無言でキリヤの後ろを歩いていた。
何か言わなくちゃ……このまま部屋に返すわけにはいかないよね――
「……ねえキリヤ君、大丈夫?」
ずっと黙っているキリヤに優香はそう問いかけた。
「大丈夫」
キリヤは優香の問いに淡々とそう答えた。
「大丈夫って……さっきからそればっかりじゃない」
「だから、本当に大丈夫だから――」
「全然大丈夫じゃないでしょ! 何で我慢するの? 私の前でくらい本当のことを言ってよ!!」
優香はキリヤの背中にそう言うと、
「――本当に大丈夫だって言ってるだろ。僕のことはもう放っておいてよっ!!」
そう言ってキリヤは早歩きで行ってしまった。
「キリヤ君!!」
私、キリヤ君にまた嫌なことを――
急ぎ足で行ってしまうキリヤを見て、優香はそう思った。
追いかけて何か言わなくちゃ! でも、何を言えば――
そしてキリヤが見えなくなると、優香はその場で俯いた。
「私も戻ろう……」
それから優香も自分の部屋に戻ったのだった。
 




