第3話ー⑥ 毒リンゴの力
田中宅を出たキリヤたちは、次の目的地に向かって歩き出していた。
「優香があんなことを言うなんて、正直驚いたよ」
キリヤは隣を歩く優香にそう告げる。
「そう? でもキリヤ君や暁先生ならこういうこと言うだろうなって思ったからそう言っただけだよ」
優香は笑顔でそう答えた。
「先生はともかく、僕ってそんなこと言う?」
「言うねえ。先生の熱血マインドが受け継がれてきているって感じかな!」
そう言いながら、にやにやとしている優香。
「そっか」
僕も少しは先生に近づいているのかな――
そんなことを思いながら、微笑むキリヤ。
「嬉しそうな顔しちゃって。ふふふ。……じゃあ次の目的地なんだけど――」
次にキリヤたちは最近起こったもう一つの誘拐事件の現場に向かうことにした。
そしてそこは偶然なのか必然なのか、先ほどまで滞在していた田中宅とはかなり近くの場所だった。
「このあたりの路地裏で姿を消したんだよね」
キリヤは繁華街を歩きながら一つ一つの路地裏を見て周っていたが、優香はずっと何かを考えながらキリヤの隣を歩いているだけだった。
「優香も一緒に探してくれるとありがたいんだけどなー」
「……」
キリヤの問いかけに応じない優香。
「優香? 聞いてる? さっきから、何を考えているの?」
キリヤのその声に優香ははっとすると、
「あ、えっと……何だっけ?」
きょとんとした顔でそう言った。
「大丈夫? どうしたの、急に考え込んで」
「いや……こんなに人通りが多いところなのに、どうやって誘拐なんてしたのかなって思って。さっきの田中さんのところみたいに、黒服の男の人が誘拐したとは考えにくいよね」
優香にそう言われ、キリヤは周りを見渡した。
車も人の通りも多い繁華街で、確かに誘拐するには向いていないような場所だなと思うキリヤ。
「……つまりこの事件は別物だって優香は考えているってこと?」
「まあね。『ポイズン・アップル』関連であることに間違いはないだろうけど、主で動いている人が違うのかもって思うんだ」
「なるほど……この街では2つの事件が同時に起こっているってことだね」
「そう……」
優香の言う通りだとしたら、今回はなかなか難易度の高い任務かもしれないな――
「……わかった。僕がこっちの誘拐事件を担当するよ! 優香は田中さんの方をお願いしてもいいかな?」
「え? でも難しそうな任務だし、一緒にやったほうが……」
キリヤは優香の言い分も一理あるとは思いつつも、今まで事件を解決してきた自信から別行動をしてみてもいいのでは? とそう思っていた。
「優香の言う通りでこれが別の事件だとしたら、どちらもどうなるかわからない状況だよね? お互いで情報を共有しながら別の事件を追っていった方が、たぶん最悪の状況は未然に防げるんじゃない?」
「それも、そうね。じゃあ今回はキリヤ君の言う通りにやってみよう」
優香は納得したのか、そう言って頷いた。
「うん! じゃあ僕はこのままここの繁華街を周ってみる! 優香は被害者の家を周って」
「わかった! じゃあまた夜に。さっき車を降りたところに集合ね!」
「了解!!」
それからキリヤたちは別行動となった。
それから優香と別れたキリヤはその場に残って、路地裏を見て周った。
「誘拐があったとはいえ、少し前のことだし……さすがに何も残ってないか。はあ」
優香にあんなことを言っておきながら、自分一人で事件解決まで行けるのだろうかとキリヤは少々不安になり始めていた。
いや。僕だってこれまでたくさん事件を解決してきたわけだし、きっと何とかなるさ――!
「頑張ろう。いつまでも僕だって子供じゃないんだから!」
そう言って拳をキュッと握り、キリヤは頷く。すると、
「おいっ! やめろよ!! それくらいでいいだろう!! ひいいい!」
どこからか響く少年の叫び声を聞いた。
「今のって叫び声? 何かあったのかな」
それからキリヤはその声のする方へ向ったのだった。
***
――路地裏。
そこには尻もちをつきながら恐怖の表情を浮かべ、泣き叫ぶ少年とその少年の前で立つ少年がいた。
「やめろよおお! もうあんなことはしないから! だから許してくれ!!」
「どうせ君はまた同じことをするだろう。僕は君より強い。だから今はそう言っているだけ……そうなる前に、僕がここで君をやっつける」
少年はそう言いながら右手で泣き叫ぶ少年の顔を掴む。
「じゃあ、さようなら」
「き、君たち、何してるの!!」
息を切らしながら、キリヤが少年たちの前に現れる。
「君、何者? 悪いやつなの?」
冷ややかな瞳でキリヤを見つめる少年。
そしてキリヤは目の前の状況を見て、息を飲む。
「僕は少なくとも、君の言う悪者ではない……かな」
「そう。じゃあ邪魔しないで。僕はこいつを許すわけにはいかないから。こいつは悪いやつなんだよ」
そう言って、再び泣き叫ぶ少年の方を見る少年。
「ねえ、それってどういうこと?」
「こいつは弱い能力者をいたぶって楽しんでる。さっきもそこで小さくなっている子をこの路地裏で……」
そう言われたキリヤは少年の近くで蹲る子供を見つける。
「そうだとしても、そのやり方は間違っているよ。それじゃ、君が悪者になってしまう。そうなったら、その子がかわいそうだよ」
キリヤの言葉を聞き、少年は少し考えてから右手を離した。
「ひえええええ!」
と叫びながら、顔を掴まれていた少年は逃げ出した。
「ふう。ありがとう」
キリヤはほっと胸を撫でおろし、そう言った。
「ううん。僕の方こそ。あと少しで、僕もあいつと同じになるところだった」
「やり方は間違っていたけど、それでも君のその気持ちは間違いではないと僕は思ったから。君をここで悪者にはしたくなかっただけだよ」
キリヤはそう言いながら、少年に微笑みかけた。
少年もそんなキリヤに微笑み返してから、
「ねえ、もう大丈夫だよ」
蹲ったままの少年にそう告げた。
「……ありがとう。お兄ちゃん!」
蹲っていた少年は目に涙を浮かべてお礼を告げると、その場から去っていった。
「じゃあ僕もこれで」
キリヤはそう言ってその場を去ろうとした時、
「ねえ、待って! 君の名前は!!」
少年にそう呼び止められた。
「僕? 桑島キリヤだよ。えっと、君は……?」
「――僕は破道慎太。キリヤ君、友達になろうよ」
慎太はそう言って、キリヤに微笑みかけた。
唐突なお願いに少し驚きつつも、
「友達、か……うん! いいよ!!」
キリヤは慎太の申し出に笑顔で返したのだった。