第3話ー⑤ 毒リンゴの力
剛と会話をしてから2日後、キリヤと優香は任務先を訪れていた。
「じゃあ頑張って、2人共! また迎えに来るから!」
そう言って運転席から笑顔をキリヤたちに向ける八雲。
「はい、ありがとうございます! それと、八雲さんもたまにはゆっくり休んでくださいね? 目の下のクマがひどいですよ……」
「あははは……ありがとう。できたらそうするね!」
そう言ってから八雲は研究所へと戻っていった。
「八雲さん、いつか倒れるんじゃないかってちょっと心配だな……」
「あの人は頼まれたら断れないタイプだからね。典型的な社畜気質というかなんというか……私達だけでも負担を掛けないようにしてあげたいね」
「そう、だね」
「よし。じゃあ私達は任務を進めよう! 早期の任務解決が八雲さんの負担軽減に繋がるはずだからね!」
「うん」
それからキリヤたちは被害者家族の家を周って歩くことにした。
「えっと。確かこのあたりだよね」
キリヤたちはスマホのマップアプリを頼りに、被害者の家を探していた。
「あ! あのアパートじゃない?」
優香が指を差す方に、少し古びたアパートが立っていた。
「うん。じゃあ、行こうか……」
「ええ」
それからキリヤたちはアパートの2階に上がり、事前に確認しているデータにあった部屋の前にやってきた。
「『田中』……うん。ここだね! えっとインターホンは――どこだろう?」
困るキリヤを横目に優香は扉の周りをぐるりと見渡した。
「どうやら、ないみたいね」
「え……インターホンがないって。じゃあ、どうするの?」
「別に、こうすればいいでしょ?」
そう言いながら、優香は扉をコンコンと叩くと、
「すみません! 田中さんいらっしゃいますかー? 宅配便です!」
扉に向かってそう叫んだ。
「ええ!? 宅配便って! そんなことで出てくるわけ――」
そしてカチャリとその扉が開く。
「はい……」
本当に出てきた――!?
「あれ、宅配便じゃ――」
「田中さんとお話をしたくて、嘘を言いました。すみません」
優香はそう言いながら、頭を下げる。
「話……?」
「ええ。田中さんのお子さんのお話を」
それを聞いた田中は驚愕の表情を浮かべ、
「すみません!」
そう言いながら扉を閉めようとする。
まずい、このままじゃ――
そう思ったキリヤは、扉が閉まらないよう咄嗟に氷の塊を扉に挟んだ。
「な、何!?」
「少しだけですから」
そう言って優香は田中に笑いかけた。
相変わらず優香は強引だな。まあ今回は僕もだけど――とキリヤは心の中で思いつつ、行く末を優香に託すことにしたのだった。
「……わかりました。ここでは話しにくいので、中へどうぞ」
「ありがとうございます」
「お邪魔します」
そしてキリヤたちは田中の部屋の中へ入った。
――田中家にて。
「それで……話ってなんでしょうか?」
部屋に入ったキリヤたちへ早々に尋ねる田中。
その表情は焦りと悲しみが混じっているようだった。
「お子さんがいなくなる前に、何か変わって事はなかったかなと思いまして。変な人に後をつけられていなかったかとかそういった類のことです」
田中は少し考えてから、
「変わったことはなかったですが、息子……万理を実験に参加すれば援助金を支給しますって言う黒服の男性が来ました。それで少しだけならいいかと思った私は、翌日からその実験に参加させることにしたんです」
「黒服……」
優香はそう呟いて、何か考え始めた。
「ええ。そしてその数日後に、この手紙が」
そう言ってキリヤたちにその手紙を差し出す田中。それからキリヤと優香はその手紙に目を通す。
「え、こんなことって……」
キリヤはその手紙に目を通したあと、怒りで手紙を持つ手が震えていた。
報告書で少しはその内容を知っていたけど、でもこんなのあんまりだ。こんな血の通わない文章で済ませようとするなんて――
「この手紙の後から、田中さんは万理くんにはお会いしていないんですよね?」
優香は冷静に問う。
「はい。でもたぶん、万理はもう……」
そう言って俯く田中。
そんな田中を見たキリヤは、その横顔から後悔と悲しみを感じ取っていた。
「優香、もうこれ以上――」
「まだ希望はあるかもしれませんよ」
優香は俯く田中にそう告げる。
「何の根拠があってそんなことを……!!」
田中は言葉に怒りの感情を乗せて、俯きながらそう言った。
「その姿を見ていないのなら、それが真実かどうかなんてわからないからです。だから自分のその目で確認できるまで、その希望は捨てないでください」
「そんな気休めを言われても――」
「私たちが必ず真実を解明して、田中さんの元に万理君を連れて帰ります」
その言葉に顔を上げる田中。
「……任せてもいいんですか」
「ええ。私達は、その為にここへきたんですから!!」
そう言って、微笑む優香。
「よろしくお願いします! 万理を、万理を助けてください!」
田中は優香の腕を掴み、すがるようにそう言った。
「はい、任せてください」
優香は田中の顔をまっすぐに見て、そう告げたのだった。