第3話ー⑩ 異変
「セキュリティとかどうなっているんだろう。ここのビルは夕方にいた工場とは違ってちゃんと使われている建物みたいだけど……こんなに簡単に侵入できてもいいのかな」
キリヤはビル内を歩きながら、周りを見渡してそう言った。
「何かしらのハッキングをしているんだろうね。……あの少年の能力はスライムだけじゃないのかな」
「なるほど……」
(もしかしたら、僕みたいに複合能力ってことも考えられるわけか)
そんなことを思いながら、歩みを進めるキリヤ。
それからキリヤたちは階段を使って2階へ上がっていった。そして2階のフロアに着くと、そこでフラフラと漂うように歩いている大人たちを見つける。
「何あれ……」
キリヤはそう言って、漂う大人たちを見つめた。
「キリヤ君! 見つかっちゃうから、こっち!」
「う、うん……」
そして物陰に隠れるキリヤと優香。
「あの様子……たぶんスライムで操られているんだろうね」
優香は漂う大人たちを見ながら、そう呟いた。
そしてキリヤも自我のない彷徨うだけの大人たちを見つめる。
(あの人たちは、きっとここへ来るまでの間に操られたんだろうな。無関係の人間を巻き込むなんて――)
そう思いながらキリヤは、
「こんなのひどすぎるよ……」
そう言って眉を顰める。
「急がないとね。……でも次の階に行くためには、このフロアを突っ切らないと進めないけど」
「……そうだね」
キリヤは優香の顔を見つめて頷き、飛び出すタイミングを窺った。
しばらくキリヤたちはその場で様子を見ていたが、なかなかそのチャンスは訪れなかった。
「どうする、優香。このままにいる?」
キリヤはひそひそと優香に尋ねた。
「うーん」
「何かあるの……?」
「一応ね。でもちょっとリスクがある。それが怖くて……」
優香は不安な表情でうつむいた。
「大丈夫。僕は優香を信じる!」
キリヤは優香の方を向き、笑顔でそう告げた。
「……ありがとう、キリヤ君」
そう言いながら、優香は笑った。
「それで、どうするの?」
「そんなに難しいことじゃない。私が飛び出すから、キリヤ君は私に向かってくる人たちの足止めをしてほしい。そして私がこのフロアを出た後は、キリヤ君がここに残って、彷徨う人たちが上の階に来られないように食い止めて」
(え……。それって優香が危険なんじゃ……)
「優香は一人で大丈夫なの……? この先だって、何にもない保証はないんだよ?」
キリヤが不安な表情でそう言うと、
「うん。わかってる。だから私が行くの。ここから先は私が一人で何とかするから、ここより先に誰も侵入しないようにして。キリヤ君はここでこの人達を守ってほしい」
優香はキリヤの顔をまっすぐに見てそう言った。
「僕が、守る……?」
「ええ。この先に能力者の少年がいる。その少年に近づけば、今能力下にある人たちがどうなるかわからないから……」
「それじゃ、優香も危ないじゃないか! だったら、僕が代わりに――」
「それはダメ!」
優香はキリヤの言葉をさえぎってそう言った。
それからキリヤの目をしっかりと見つめて、
「私にもしものことがあった時、君がいないと困るから。だから君はここにいて。お願い」
優香はそう告げた。その目からは確かな決意と覚悟を感じられたのだった。
「わかった。優香がそこまで言うのなら、僕は反対しないよ。でも約束して? 無理はしないって。必ず無事に帰ってくるって」
キリヤがそう告げると、優香はニコっと微笑んだ。
「約束する。私は必ず帰ってくるよ。……でもキリヤ君も無理はダメだからね」
「わかった」
「よし……じゃあ、やりますか!」
優香はそう言って立ち上がると、全速力で反対側の廊下に向かって走った。
それを見た操られている大人たちは、全員で優香に襲い掛かる。
優香は自分の能力を使い、天井や壁などをうまく利用して、反対側の廊下へ向かっていった。
「さすが、優香……」
優香の姿を見つめて感心するキリヤ。そしてはっとすると首を横に振り、
「そんなことをしている場合じゃなかった! 僕も今僕がやれることをするんだ!!」
それからキリヤは優香を追う大人たちの方を見る。
「思ったよりも数が多いな……」
もっと少ない数で攻めてくると思っていたキリヤは、まさか総出で優香に襲い掛かるとは思いもしなかった。
「怯んでいる場合じゃないよね。僕は優香と約束したんだ!」
そしてキリヤは次々と、操られている大人たちの足元を凍らせていく。
キリヤの活躍もあり優香は着実に前へと進んでいった。
そして優香が上の階に向かったのを確認したキリヤは、階段を上がれないように階段へと続く通路の前に大きな氷の壁を生成した。
「優香のところには、絶対に行かせないよ!」
キリヤは操られる大人たちにそう言い放ち、一人フロアに残った。




