第3話ー⑤ 異変
少年に勢いよく向かって走る優香。そんな優香を見た少年は不敵な笑みを浮かべ、
「お姉さんは厄介そうだ……」
そう言って、少年はその場を逃げ出した。
「逃がさないよ!!」
優香は廃材工場から逃げ去る少年の後を追った。
――古びたビルの前。
「ここが怪しいな……」
優香は目の前に立つ、今は使われていない古びたビルを見てそう呟く。
こういう場面で逃げた場所から一番近くて隠れやすい場所は、ここしかないと優香はそう思ったからだった。
そして優香はそのビルの中に足を踏み入れる。
「セキュリティはどうなってるの? 誰も管理していないのかな」
優香は慎重に周囲を確認しながら、歩みを進めた。そしてそのままビル内部へと進むが少年の姿はない。
(もしかして奇襲でもかけるつもり? まあ、それでも負ける気はないけど)
「ねえ。隠れていていないで、出てきたら?」
しびれを切らした優香がそう告げると、遠方から何かが飛んできた。そしてそれはそのまま優香の右手の甲に付着する。
「え、なにこれ!?」
優香はその付着物を懸命に振り払うが、すべてを払うことはできなかった。
そして付着物のついた手を見つめる優香。
「これ、スライム……? ううぅ……」
急に早くなる脈と大きく鼓動する心臓。優香は自身の身体に異変を感じる。
(息が、苦しい。もしかして、あの子の能力なの……?)
そして優香はその場にしゃがみこんだ。
(このスライム、いったい何が――)
そう思いながら、しゃがみこんで動けなくなる優香。
すると優香の耳元に声が響く。
『あんたなんて、生まれてこなければよかったのに』
『この嘘つき……』『化け物!!』
「ひっ……」
優香はその言葉を遮ろうと両耳をふさぐ。しかしその声は止まることはなく、ずっと優香の耳元で響き続けていた。
何なの、これは……。私の過去? それとも周りが抱いていた感情が流れてきているの――?
「私は、私は……」
いらなくなんてない。嘘もつきたくてついたわけじゃない。それに私は、化け物なんかじゃ――!
『あんたは化け物だよ、優香』
その声が聞こえた方に顔を向ける優香。そしてそこには、無表情の母の姿があった。
『あんたに私は殺されたんだからね』
そうだ。私が……お母さんを――
そして優香は俯いてしゃがんだまま動かなった。
「お姉さんも大したことないんだね。僕のスライムの力で、完全に心を乗っ取った。もうお姉さんは、僕の操り人形だよ。あはははは!」
そう言って高笑いをして優香の前に姿を現す少年。
「さて、どうしてやろうかな――」
少年はそう言いながら優香に近づくと、少年の頬に一発の拳が撃ち込まれる。
「ぐわあ」
そして少年は、その場に倒れた。
「はあ、はあ。私だって、特別機動隊『グリム』の一員なんだから、なめないでよね」
そう言って、その場に座り込む優香。
「はあ。……キリヤ君の方は、どうなったのかな」
それから優香は座り込み、身体を休ませた。
さっきの幻聴と幻覚はなんだったんだろう。さっきスライムがどうとかこうとかこの子は言っていたけれど――
そして右手の甲を見つめる優香。そして視線を倒れる少年に移す。
この子のスライムに触れると、心を支配されてしまうのかもしれない――。
そう思いながら、優香は目を細めた。
「こんなに危険な能力も存在していたなんて……」
今までいろんな能力を目にしていた優香だったが、ヒトの心を掌握しようとする能力は初めてだった。
能力は正しく使わなくちゃならない。それだけ『白雪姫症候群』という能力は恐ろしいものなんだから――。
そしてふと自分の本当の力のことを思い出す優香。
「私の本当の能力を知ったら、キリヤ君も私のことを――」
首を横に振る優香。
なんてことを考えているんだ、私は。キリヤ君は言ってくれた、ずっとそばにいるって。私はその言葉を信じて、キリヤ君と一緒にここまで来たんでしょ? 信じなくちゃ……。もう独りぼっちは嫌だから――。
そう思った優香は俯いて、しばらくその場で過ごしたのだった。




