第2話ー⑧ 風船少年
「本当に風船みたいになるのねえ。うふ。可愛らしいわあ」
そう言いながら、宙に浮いた太陽を片手で持ち、豊満な胸を揺らしながら歩く女性。
「さて、この子はおいくらの価値があるのかしらあ。楽しみねえ。ボスはもういないみたいだしい、身代金は私が一人でいただくことにしようかしらねえ。ふふふふ……」
そしてその女性の前に、一人の女性が立ちはだかる。
その女性は団子ヘアの黒髪、そして腰には刀らしきものを差していた。
「あらあ、どちら様あ?」
そう言って口元に指を添える女性。
「私の名は、花咲つばめ。特別機動隊『グリム』に所属している」
「『グリム』……? ああ。最近私たちを嗅ぎまわっていた連中ね。うふ。せっかく名乗ってもらったし、私も一応名乗っておこうかしら。私は藤野宮雛菊よお。よろしくね、つばめちゃん? でも……そんな貧相な体のあなたに、何ができるのかしら?」
不敵に笑う雛菊。しかしそんな雛菊に動じることのないつばめ。
「この一太刀があれば、十分だ」
そう言いながら、つばめは目にもとまらぬ速さで移動し、雛菊に峰内を食らわせた。
「ぐふっ」
そしてその場に倒れる雛菊。
「その程度の実力で、私の刀は避けられない」
つばめは雛菊の手から離れて、宙に浮いてしまっている太陽を回収する。
「これで任務は完了か。キリヤたちと合流せねばな。この女は……。まさきに任せるか」
そう言って、つばめは太陽を手で掴んだまま、反対側の手でスマホを操作する。
「これでいい。行こうか」
そしてつばめはキリヤたちの元へと向かった。
***
キリヤと優香は太陽を探しながら、屋敷の中を歩き回っていた。
「一体どこにいったんだ……」
もし、太陽がマフィアたちにすでに捕まっていたら――キリヤはそんな悪いことばかり考えて不安に思っていた。
優香は足を止めると、
「待って……。誰か来る」
そう言ってキリヤを静止した。
息を飲みながら、じっと正面を見つめるキリヤ。そして自分たちの立っている反対の方向から、誰かがこちらに向かって歩いてくることを知る。
キリヤたちはいざというときの為にすぐ能力を発動できるよう構えて、その場で待つ。
「やっと見つけた。ほら、これ」
そう言って現れたのは、風船化している太陽を手に持った特別機動隊『グリム』のメンバー、花咲つばめだった。
そしてつばめはキリヤたちの前まで歩み寄ると、掴んでいる太陽の右足をキリヤに差し出す。
「ありがとうございます。でもつばめさんも来ていたなんて!」
「ちょうど近くで任務があったからな。じゃあ私は先に戻ってるよ。研究所に戻ってきたら、今回の報告よろしく」
そう言ってつばめは来た方向に戻っていった。
「つばめさんって男らしくてかっこいいよね」
キリヤは去っていくつばめの後姿を見ながら、そう呟く。
「ええ、そうね……」
優香もつばめの後姿を見つめながら、そう答えたのだった。
それから我に返った優香は、
「じゃあ、さっきの子のところまで戻ろう。あの子の心を落ち着けないことには、この停電はいつまでたっても解消されない」
そう言ってきた道を引き返していった。
「わかった。急ごう!」
キリヤもそう言って優香の後を追う。
そしてキリヤは、蔓で捕まえている少女の元へと急いだ。
キリヤたちが少女の元に戻ると、その少女は相変わらず一人で怯えていた。
「心を落ち着けるって言っても、何をしたらいいのかな……」
優香は少女を見ながら腕を組み、
「たぶん、この子の恐怖心を取り除いてあげないといけないよね」
キリヤにそう告げた。
「そっか。じゃあまず――」
そう言いながら、キリヤは能力を解除した。
しかし少女は変わらず、怯えた表情をして膝をついたまま肩を震わせていた。
「ごめんなさい。打たないで……ごめんなさい……」
「能力を解いても変わらないね……」
キリヤは怯え切った少女を見つめると、太陽を優香に預けてから少女の前に膝まずいた。
「何をするの?」
優香はキリヤを見ながら、そう言った。
「僕は僕が今やってあげられることをするだけだよ」
そしてキリヤは少女の頭に手を伸ばす。
その手が近づくと少女は頭を押さえ、身体を縮ませていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「大丈夫。僕は君にひどいことはしない」
キリヤはその少女の手の上にそっと手を重ねてから頭を撫でた。
そして少女は震えていた身体は徐々に落ち着いていく。
「さすが、キリヤ君ね」
そう言いながら、優香はキリヤの後ろでその様子を見つめていた。
(まさか女慣れしているって意味じゃないよね……?)
キリヤはそんなことを優香に思いつつ、少女の頭を優しくなで続けた。
それからしばらくして少女は完全に落ち着いたようで、徐々に屋敷の電気が灯っていった。
「ふう。良かった」
キリヤは自分の胸に手を当てながらそう呟いた。
それから少女はその場で倒れ、寝息を立てて眠っていた。
「こっちはこれで解決ね」
キリヤと優香は顔を見合わせる。
その後、廊下の向こうから太陽の両親が急いでやってきた。
「桑島さん、糸原さん!! 太陽は!!?」
「無事ですよ」
そう言って、キリヤは優香に目くばせをし、優香は風船になっている太陽を父親に預けたのである。
「太陽! 良かった……。無事で本当によかったよ……」
太陽の父はそう言いながら、太陽の膨らんだ身体に頬を擦り付けていた。
「でもそんなに顔色を変えて、どうしたんですか?」
キリヤは御茂山にそう尋ねた。
「実は停電になった直後、私のスマホに太陽の誘拐を予告するメールが入ってね。それで停電の間、私達は太陽を探していたんだが、見つけられなくて不安で……」
「私たちはいつも仕事ばかりで、太陽のことを大事にできていなかったから、その罰が当たったのかなってそう思ったんです……」
そう言って涙ぐむ太陽の母。
「ごめんね、太陽。私はお母さんらしいことを何もできていませんでした。これからはもっとあなたの傍で、あなたを守れる母になります」
その言葉を聞いた太陽は、元の姿に戻る。
「お父さん、お母さん……」
そして涙を流し、両親に抱き着く太陽。
「僕のことなんて、どうでもいいって思っているんだと思ってた。でも、でもちゃんと僕のことを思っていてくれたんだね……。ありがとう、ごめんね。僕、すごく嬉しいよ……」
太陽と両親は離れているように見えて、心でちゃんと繋がっていたんだな――。
キリヤは太陽たちを見ながらそう思っていた。
「これで太陽も少しはさみしくなくなるといいね」
キリヤがそう告げると、
「うん」と優香は笑顔で返した。
そしてキリヤたちは、太陽たちの姿を微笑みながら見つめたのだった。