第2話ー⑦ 風船少年
「神無月さんはなんで、ここに?」
キリヤは突然現れた神無月に疑問を抱き、そう尋ねた。
「いやな。俺たちが追っていたマフィアの拠点がここのすぐ近くでな。最近の動向を探っていたら、どうやらこのパーティで何かを企んでいるみたいだったんだよ。だから櫻井所長の力を借りて、このパーティにこっそり潜入して、捕まえてやろうと思ったわけさ」
「そうだったんですね……」
「あいつらはそこのお坊ちゃまを誘拐して、身代金をふんだくろうって企てていたみたいでな。だからその子が誘拐される前にボスを捕えられてよかったよ。キリヤのおかげだ。ありがとな!」
そう言いながら、ニカっと微笑む神無月。
「神無月さんのお役にたてて、良かったです!」
それから神無月は部屋で伸びていたマフィアのボスを連れて、屋敷を出て行った。
「これで一安心ってことなのかな」
そう思いながら、胸を撫でおろすキリヤ。
(でも停電はまだ直らない、か……他に原因があるのかな)
キリヤは未だに停電が解消しないことに疑問を抱いた。
「いつになったら、明るくなるんだろうね」
キリヤは隣で小さくなっている太陽に笑顔でそう尋ねた。
「さ、さあ。でもそのうちにつくでしょ」
「この停電は太陽の仕業じゃなかったんだね」
キリヤがそう言うと、太陽は不機嫌そうに答えた。
「何かあれば、いつもみんな僕のせいにして……。僕だって、いつもいたずらをしているわけじゃないのに」
「ご、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだよ……」
「それに、いきなり馴れ馴れしいよ」
「それもごめん。つい……えっと、太陽くん?」
「太陽でいいからっ!!」
そう言ってそっぽを向く太陽。
「あははは……でもいったい誰がこんなことを」
そして考え込むキリヤ。
マフィアのボスは成人していたし、明らかに白雪姫症候群の能力者ではなかった。だとしたら仲間の誰かが能力者で、今も能力を発動したままでいる可能性も――。
「ねえ。お兄さんは、なんで僕の警備を引き受けたの」
太陽は俯きながら、唐突にキリヤへそう問いかけた。
「え? なんで……か。話を持ってきたのは、職場の偉い人なんだ。だから僕からこの仕事を選んだわけじゃないんだよ」
キリヤがそう言うと、太陽は俯いたまま、
「そっか。自分から選んだわけじゃないんだね。まあそうだよね。僕の警護なんて、自分からやりたいなんて思わないよね」
そう言って口を尖らせた。
あんな言い方をしたら、ただ仕事で来ているだけだって思うよね、普通はさ。でもそれだけじゃないんだよ――
そう思ったキリヤは、
「確かに自分で選んだわけじゃない。でも僕は能力者を救いたいって思っている。だからこの仕事を受けることにしたかな」
笑顔で太陽にそう告げる。
「……救いたいとか、守りたいとか。そんな言葉を簡単に言う人間なんて信じられないよ。所詮、ただの偽善者じゃん」
「あははは……。厳しいことを言うなあ。まあ確かに太陽の言う通りだね。僕はただの偽善者かもしれない。でもそれが悪いとは思っていないよ。偽善者でも何でもいいから、僕は僕に今できることをして、困っている人を助けたいだけなんだよ」
キリヤがニコッと微笑むと、太陽はその顔を見てから、
「さっきは怯えて動けなかったくせに……」
目を細めながらそう言った。
「あははは。あんなところ見られて、恥ずかしいよ……」
キリヤは恥ずかしがりながら、頭をかいた。
「まだまだ未熟だけどさ、でもこれからもっと力をつけて、僕は僕が憧れている人と肩を並べられるように今は頑張るんだ」
「へえ。…………お兄さんはなんだか楽しそうで羨ましいや」
太陽はぽつんとそう呟いた。
「太陽は楽しくないの?」
「楽しくないよ。こんなお屋敷に、独りぼっちで。お父さんもお母さんも僕の相手をろくにしてくれない。働く使用人たちは、全員淡々と業務をこなすだけ。誰も僕の相手なんてしてくれないんだから」
「太陽……」
キリヤはそう言って俯く太陽に、何の言葉も掛けられなかった。
僕が太陽と過ごせるのは、今夜で最後。だから、『一緒にいるよ』と優香の時には言えた言葉を今はかけることができない。
「太陽、あのね――」
キリヤが太陽に声を掛けようとした時、廊下からバタバタと足音が聞えた。
「誰か来る?」
そしてキリヤたちが廊下に顔を出すと、全速力で走る少女の姿があった。
(あの子、なんであんなに急いで……それにこんな暗闇の中で一人? もしかして――)
はっとしたキリヤは、床に手をつき植物の能力を使った。そして床から蔓が伸び始めるとその蔓は少女の足に絡みつく。
「え、何!?」
突然足に絡んだ蔓に驚く少女。
「ごめんね。ちょっと話をしたくて」
キリヤと太陽は、少女の前に立つ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……お願いだから、打たないでください……」
そう言いながら、少女は両腕で自身の頭を覆った。
「痛いことはしないよ……君は何者? なんでそんなに慌てていたの?」
キリヤは少女にそう問いながら、身体中があざだらけになっていることに気が付く。
「この傷……誰かにやられたの?」
「ごめんなさい……何でも言うことを聞きますから、だから、お願いします。打たないでください……」
キリヤが何を言っても、少女はずっと同じ言葉を繰り返していた。
「打たないで」「ごめんなさい」。少女に何と問いかけてもそう答えるばかりだった。
困り果てた僕キリヤたちは、何もできずにその場で佇んでいた。
すると、廊下の向こうから優香がやってきた。
「太陽坊ちゃまは無事?」
「優香! うん。この通りだよ」
キリヤがそう言うと、太陽は「ふん」と顔をそらした。
「元気そうで何よりね。それと――」
優香はキリヤがとらえた少女の方に顔を向ける。
「優香はこの子のこと、知っているの?」
「知っているってほどじゃないかな。さっき少しだけ話をしたの。……この子はお父さんに言われて、この停電を引き起こしたんだって」
「そうなんだ。この子が……」
「ええ。おそらくその父親から、日ごろ暴力を受けていたんでしょうね。身体だけじゃなくて、心にも深い傷を負っているみたい」
キリヤは未だに怯えながら、同じ言葉を繰り返している少女に目を向けた。
「ひどい親もいるもんだね……」
「そうね。子供のことを自分の都合のいい道具にしか思っていない親は、この世界に一定数いるものだから仕方がないのかもしれない」
そう言って俯く優香。
「優香……」
「ごめんね、私がしんみりしている場合じゃないのにね。今度はこの子の父親を捜そう。たぶんこの屋敷のどこかにいるはずだよ!」
そしてキリヤは先ほど神無月にぶっ飛ばされていた男を思い出す。
あの男がこの子の父親かもしれないな――
「たぶんそれは大丈夫!」
「え?」
「さっき神無月さんが来て、ぶっ飛ばしていたから」
優香は目を丸くしながら、
「神無月隊長が、なんでここに……?」
キリヤにそう問いかけた。
「任務なんだって。だからあと僕たちがやらなくちゃいけないのは、この停電を何とかすること。主犯格もいなくなって、太陽も見つかったしね」
「……そういえば、さっきから太陽坊ちゃまの姿がないようだけど」
優香はキリヤの後ろを指さしながら、そう言った。
「そんなわけないって――」
キリヤはそう言って後ろを振り返ると、いるはずの太陽の姿がなくなっていることを知る。
「え……太陽!? どこ行ったの!?」
「どうやら、また振り出しみたいね」
「はあ。そうだね……。急ごう! もしかしたら他にもマフィアたちがいて、太陽を狙っているかもしれない!」
「そうだね。わかった」
そしてキリヤたちは再び太陽の捜索を始めた。