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第2話ー④ 風船少年

 僕はここに閉じ込められて、どれくらいの時間が経っただろう――。


 そんなことを思いながら、キリヤはため息を吐いた。


「ああ、お腹空いたな……」


 このまま誰にも見つけてもらえず、僕は餓死するのだろうか。まだやり残したことがたくさんあるのにな……。最後に暁先生の顔が見たかったな――


 キリヤがそんなことを考えていると、扉の外から複数の足音が聞える。


 誰か来たんだ! 助けを呼ばなくちゃ――!!


 それからキリヤは立ち上がり、扉の前で大声を上げる。


「誰かいますか!? 助けてください! ここから出られないんです!!」


 そしてキリヤの声に反応するように聞こえていた複数の足音は、扉の前で止まった。


「キリヤ君? いる?」


 その声は優香だった。


 優香の声を聴いたキリヤはほっと胸を撫でおろし、


「優香ぁぁぁ! いる! 僕、ここにいるよ!!」


 そう言って扉を叩いた。


 そして扉が開かれ、久々の明かりにキリヤは目をすぼめる。


「大丈夫? 身体とか何ともない??」


 優香は、心配そうにキリヤの身体をまじまじと見ながらそう言った。


「身体の方は大丈夫! でも――」


 キリヤのお腹が食べ物を求めるように鳴いていた。


「太陽坊ちゃまがご無礼をしてしまい、申し訳ございません」


 優香の後ろにいた紗季が、そう言って深々とキリヤに頭を下げた。


「いえ、僕の不注意なので……浜風さんは何も悪くないですよ! だから、頭を上げてください!!」

「お気遣いいただきありがとうございます」


 そう言いながら、紗季は頭を上げた。


「じゃあキリヤ君のお腹も限界みたいだから、浜風さん。食堂まで案内をお願いできますか?」

「はい、かしこまりました」


 そしてキリヤたちは食堂に向かった。




 食堂に着くと、太陽が1人で食事を始めていた。


 キリヤの姿を見つけた太陽は、キリヤたちからプイっと顔を背け、再び食べ物を頬張った。


(僕、嫌われるようなことを何かしたっけ……)


 ご機嫌斜めな太陽の姿を見たキリヤはそんなことを思っていた。


 それからキリヤはこの食堂を眺め、その広さに驚いた。とても広いその空間は、自分がいた保護施設の食堂とは比べ物にならない大きさだったからだ。


 そしてその『食堂』という言葉に懐かしさを感じるキリヤ。


「なんだか食堂って聞くと、施設のことを思い出しちゃうね」


 キリヤは優香に笑いながらそう伝えると、


「そうだね」


 優香はそれだけ言って微笑んだ。


「桑島様、糸原様、こちらです」


 キリヤが思い出に浸っている間に、紗季は食堂の中に進んでいた。


「すみません!」


 そしてキリヤたちは慌てて、紗季の後を追った。


 席に案内され、キリヤたちがそれぞれの席に着くと、その瞬間から料理が運び込まれてきた。


「こちら、オマールエビのポタージュスープでございます」


 そう言いながら、白衣を着た男性がキリヤの前にスープを置く。


「あ、ありがとうございます」


 キリヤは今までこんなに豪華な料理を食べたこともなければ、こんな高級レストランのようなおもてなしもされたことがなかった為、少々緊張していた。


(テ、テーブルマナーなんてわからないけど、僕大丈夫かな……)


 そんなことを思いつつ、キリヤは出されたスープをスプーンでゆっくりとすくい上げ、それを口まで運んだ。


「……!? おいしい! すごくおいしいです!」


 オマールエビ? の香ばしい風味と、クリームスープのまろやかな味わい……。こんなの初めてだ――!


 キリヤは初めて味わうその味に感動して、近くにいた使用人さんにその喜びを伝える。


 キリヤの言葉にそこにいた使用人さんは笑顔になり、


「喜んで頂けて良かったです」


 そう答えたのだった。


 キリヤがスープを堪能していると、その後と続々と豪華な料理が運ばれてきた。


 どれも味わったことのないような素晴らしい料理の数々に毎回感動するキリヤ。それから豪華な食事に舌鼓を打ち、この日の晩餐は終了した。




「あー。おいしかったね。僕は幸せだよ」


 そう言いながら、キリヤはお腹をぽんぽんと叩いた。


「キリヤ君、ずっとおいしい、おいしいしか言っていなかったよね」


 優香は呆れた顔でキリヤを見ていた。


「え!? だっておいしかったよね? 優香もそう思ったでしょ?」


 すると優香は少し照れながら、


「ま、まあ確かに……」


 そう答えた。


 こんな豪華な食事はもうきっと食べられないんだろうな――キリヤはそんなことを思いつつ、優香と先ほどの晩餐で出された料理について話しながらそれぞれの部屋を目指して歩いていた。すると――


「おい!」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、キリヤたちは振り返る。


 そこには仁王立ちする太陽の姿があった。


「僕のおかげで、あのご飯を食べられるんだからな! 感謝しろよ!!」


 それを聞いた優香は、ずかずかと太陽に向かって歩いていく。


「ひいい……」


 その姿に恐怖を感じたのか太陽は頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。


 そして優香はしゃがむ太陽の前で座ると、


「君のおかげでおいしいご飯を食べられた。私もキリヤ君も幸せだったよ。ありがとうね」


 そう言いながら、太陽の頭を撫でた。


「確かに。太陽くんのおかげだね、ありがとう」


 キリヤも太陽の傍に行き、笑顔でそう伝えた。


 すると、太陽は立ち上がり、


「こ、こんなことで僕を手名付けられると思うなよ!!」


 そう言って走り去っていった。


「ははは。素直じゃないなあ」


 優香がそんな太陽の姿を見ながら笑っていた。


 それからキリヤたちは再び部屋に向かって歩き出す。そして歩きながら、太陽の話に――。



「太陽坊ちゃまがお客さんにいたずらをするのは、親御さんから相手にしてもらえないさみしさからじゃないかって、さっき浜風さんが言っていたんだよ」


「そうなんだ……」


「親に自分を見てもらえないって辛いことなんだよね。だからこそ自分を見てほしくて、変に頑張ってさ……」



 優香はそう言いながら俯く。


 たぶん優香は、自分の過去と太陽のことを重ねているんだろうな――そう思いながら優香を見つめるキリヤ。


「太陽くんがさみしいって感じているのなら、僕たちが彼をさみしくないようにしてあげられたらいいね」


 キリヤは笑顔で告げた。


「そうだね。私も1人じゃないことをキリヤ君に教えてもらったから、それをここにいる間に太陽坊ちゃまにも伝えられたらいいなって思うよ」


 そう言って、微笑む優香。


「うん!」


 それからキリヤたちはそれぞれの部屋に戻り、翌日の警護任務に備え、夜を明かしたのだった。

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