第5話ー⑥ 未来へ
キリヤたちは急いで学園へと向かっていた。
「じ、時間は?」
「まだ大丈夫だよ! でも、恵里菜は大丈夫? だいぶ息が上がっているみたいだけど」
隣を走る恵里菜を見て、心配そうにそう言うキリヤ。
「だ、大丈夫に、き、まってんでしょ! 無駄口た、叩いてないで、早く走りなさい!!」
「う、うん。けど辛かったらいつでも言ってね? 恵里菜を背負って走るくらいは、僕にでもできると思うから」
「べ、別に、いらないわよ!!」
「はいはい」
キリヤは微笑みながらそう言った。
優香が僕を見ているとき、こんな微笑ましい気持ちになっていたんだな――そんなことを思うキリヤだった。
夜明学園にて――
「まだ爆発は始まっていないみたいだね」
「え、ええ。そう、みたいね……」
恵里菜はそう言って膝に手をつき、肩で息をしていた。
「少し休憩――」
「しない! そんな、時間はないわ!!」
恵里菜はキリヤの言葉にかぶせるようにそう言って、キリヤを睨んだ。
「わかったよ。じゃあまずは生徒たちの避難誘導からしよう」
「ええ、わかったわ」
それから職員室へ向かい、教師たちに協力を求めるキリヤたち。しかし教師たちの反応は悪く、まともに聞き入れてもらえなかった。
校舎外、昼休み時間で学園の生徒たちは各々で昼食を楽しんでいた。
そんな生徒たちを見ながら、キリヤと恵里菜は中庭のベンチに腰かけていた。
「何なの、もう! こっちが本気で話しているのに、『そんな虚言、聞いていられない!』ですって? はあああ?」
恵里菜は髪をくしゃくしゃとしながら、そう叫んでいた。
「まあまあ、落ち着きなよ! 一応放課後まではまだあと2時間ある。だからそれまでにどうにかすればいいんだよ」
「どうにかって、どうするのよ!!」
恵里菜がそう言ってキリヤを睨むと、
「それは……今から考える」
キリヤは困り顔でそう答えた。
「まったく――」
「あれ、恵里菜さん?」
「え?」
恵里菜がその声の方を向くと、そこには恵里菜と仲良くなったクラスメイトの姿があった。
「今日はお休みって聞いていたけれど、体調が良くなったんですね!」
「えっと――まだあまり良いとは言えないから、今日は授業には出ないわ。また明日、行くから……その時に、ノートを見せてちょうだい」
恵里菜は頬を赤く染めながら、そう言った。
頑張ったね、恵里菜――そんなことを思いながら、恵里菜を見つめるキリヤ。
「もちろん! じゃあ午後の授業があるから、私はこれで! お大事に!!」
そう言って少女が校舎へと戻って行った。そして恵里菜はそんな少女の姿を静かに見つめたのだった。
少し前の恵里菜なら、クラスメイトにあんなことをお願いするなんてなかったのにね。本当に恵里菜は変わろうとしているんだな――
「恵里菜」
「何よ」
「守らないとね」
「……ええ」
それからキリヤは腕を組み、他に打つ手はないかとじっくりと考えた。
生徒の誘導には、教師たちの協力は不可欠……でも、肝心の教師たちがあまり協力に前向きじゃないんだよね。教師以外からの協力を? でも、誰に――
そしてキリヤはため息を吐く。
こんな時、暁先生なら率先して協力してくれるのにな――
そんなことを思い、ふと暁の顔を思い浮かべるキリヤ。そして、
そうだ。暁先生を知る最上さんなら――!
キリヤはそう思いながら恵里菜の方を向くと、
「教師に言ってダメなら、学園長に交渉しよう。きっと僕の話なら、聞いてくれるはずだから!」
明るい表情でそう言った。
「その自信の根拠はわからないけれど、今はそれを信じるしかないようね」
「ありがとう。じゃあ行こうか!」
「ええ」
それからキリヤと恵里菜は学園長へ直談判に向かった。
学園長室――
「それで、私に何かようだったかしら」
水蓮は、座って手を組みながらそう言った。
「信じてもらえるかどうかはわからないですが、とりあえず僕たちの話を聞いてほしいんです」
「……わかったわ」
そう言って真面目な顔で頷く水蓮。
「ありがとうございます! 恵里菜、よろしく」
キリヤにそう言われた恵里菜は、水蓮に自分の能力で見た光景を伝えた。
「――時間がないの。だから、早くなんとかしないと……」
恵里菜がそう言って俯くと、水蓮は立ち上がった。
「話はわかったわ。もしそれが事実なら、多くの命が失われることになるわね。でも――簡単に行動を起こすわけにもいかないわ」
「そ、そんな……」
そう言って、暗い表情をするキリヤ。
「もし仮にこの学園の誰かがその事件の犯人だとしたら、避難指示を出したタイミングで能力を使用するでしょうね。それこそ大惨事になりかねない」
「確かに――」
どうする……。犯人に気づかれず、生徒たちを全員助けるには――?
キリヤは腕を組みながら、懸命に考えた。
「私の見る未来もまだ変わらない。やっぱり『予定調和』なんだわ。未来なんて変えられっこないのよ」
そう言って恵里菜は拳を握る。
ここまでなのか。恵里菜の言う通り、未来は変えられないのか――
「暁先生なら、こういう時になんて言うんでしょうね」
水蓮はキリヤの方をまっすぐに見て、そう言った。
「暁先生、なら……」
そして元の時代にいる暁の姿を思い出すキリヤ。
きっと先生なら、自分にできることをやるだけって言うんだろうな――そう思いながら、クスッと笑うキリヤ。
「……僕も僕にできることをやります」
「そう」
水蓮はそう言って微笑んだ。
「それで、そのできることって何なの」
恵里菜はキリヤの顔を覗きながらそう言った。
「それは――」
そしてキリヤは今までの任務でのことを思い返す。
『グリム』での任務の時は主に優香が全線で戦い、状況を切り開く役目を担っていたことをキリヤは思い出した。
その時、僕はいつも――
「そうだ、陽動作戦です!! 僕が能力を使って、ちょっとした騒ぎを引き起こします。その間に生徒たちの避難をお願いします。きっと急なことで犯人もすぐには対応できないはずですから」
キリヤは水蓮の顔をまっすぐに見て、そう言った。
「でも、それってうまくいくのかしら」
恵里菜はそう言って首を傾げる。
「うまくいくかどうかは、やってみなくちゃわからない! でしょ?」
キリヤはそう言って恵里菜に微笑んだ。
「まあ、その顔に免じて信じましょう。学園長もそれでいいかしら?」
「ええ。キリヤ君がそう言うのなら、信じましょう。あなたなら、きっとうまくやってくれそうです」
水蓮はそう言って笑った。
「ありがとうございます!」
「ふーん」
キリヤを見て、怪訝な顔をする恵里菜。
「な、何!?」
「いやね、随分学園長に信頼されているんだなと思って。どんな裏技かしら」
「僕の人徳がなせる技だよね!」
キリヤが笑顔でそう言うと、
「……不毛な時間だったわ。さっさと準備を始めましょう」
恵里菜はそう言って職員室を出て行った。
「ちょっとひどくない!? 待ってよ、恵里菜!! あの、最上学園長! ありがとうございました!」
キリヤはそう言って一礼をすると、学園長室を出て行ったのだった。




