第5話ー③ 未来へ
「嘘、ですよね……この、『三谷暁』って」
「嘘じゃないわ。さあ中へ」
それからキリヤは水蓮と共に部屋の中へと入っていった。
その部屋は多くの電子機器が配備されており、その電子機器から出ている管は全てベッドの方に繋げられていた。
剛が眠っていた時みたいだ――そう思いながら、ゆっくりとベッドに歩み寄る。そしてそのベッドを覗くと、そこには老いた姿の暁が眠っていた。
「先生……? なんで!! どうしてこんなことになっているんですか?」
キリヤは水蓮の方を見てそう言った。
「少し、話が長くなるわね」
そう言って水蓮は近くにあった椅子に腰かけ、キリヤにも座るよう促した。
「あなたが姿を消した50年前から話すわね」
それから水蓮はこれまでのことをキリヤに話し始めた。
暁が隔離施設から戻ると、クラス制度の撤廃と新たな学び舎の新設のために動き出していた。そして新設するその学び舎を『夜明学園』とし、暁は子供たちの心の成長のために学校運営を始めたのだった。
「――暁先生は、あの学園の初代学園長だったのよ」
「先生が、学園長……」
「うふふ。もちろん、私もその学園の生徒だったわ」
懐かしそうにそう語る水蓮。そしてそのまま話を続けた。
学園の運営が落ち着いた頃、暁はキリヤの捜索を再開した。しかしそれから数年間、暁はキリヤを探し続けたが、結局どこをどう探してもキリヤを見つけられなかったのだった。
そしてキリヤのことを周りが諦め始めていた頃……研究所の所長、櫻井が病で病床に就いた。
「え、所長が?」
「ええ。まあ年齢も年齢だったからね」
「そう、ですか……」
それから研究所を誰かに引き継ごうとしていた櫻井だったが、当時の研究所員の中で後継者が見つからず困り果てていたようだった。
そしてその話を聞きつけた暁が、長年世話になった恩があると言って手を上げた。
「でも、先生は学園の運営もあったはずじゃ……」
「そうね。でも、暁先生は困っている人を放ってはおけないタイプでしょ?」
「まあ、確かに」
先生がそう言う性格だったから、僕も救われたんだよね――
それから暁は学園の運営と研究所の所長として多忙な日々を送ることになる。そしてそれが数年続いたある日……暁は急に深い眠りについた。
その後、妻の奏多が暁を起こそうといろんな手立てをしたが、結局暁が目を覚ますことはなかった。そして暁の仕事のすべてを奏多が引き継ぎ、その後奏多も病に倒れ、それから数年後に他界する。
「奏多まで……そんな」
「奏多ちゃんも、自分にできることをやりたかったんだと思うの。暁先生のためにね」
悲し気な顔をしてそう言う水蓮。そして、水蓮は話を続けた。
奏多が他界した後、三谷家で世話になっていた水蓮が学園の運営を引き継ぐことになり、再び後継者を失った研究所は政府の管轄となった。そして暁はこの施設に運ばれ、今も深い眠りについている。
「――以上がこの50年の間に起こった、三谷暁に関わる出来事よ」
「僕がいなくなってから、そんなことが……」
そう言って呆然とするキリヤ。
「ええ。人生はどこかで一つでも歯車がかみ合わなくなるだけで、全てが上手くいかなくなるものなの」
「そう、ですね」
「キリヤ君、これは私のわがままなお願いね」
「はい」
それから水蓮はキリヤの顔をまっすぐに見つめる。
「――今すぐに元の時代に帰って。あなたがあの時代から消えてしまうと、暁先生も奏多ちゃんもみんなみんな歯車が狂ってしまうの。だからお願い、みんなの未来のために、今すぐ帰ってほしいの」
キリヤは水蓮の話を聞きながら、自分もそれがみんなの為なんだろうなという事は察していた。しかし、
「あの、優香は? 優香はどうなったんですか」
キリヤは自分がこの時代にくるきっかけとなった優香の行く末を確かめたくなり、水蓮にそう尋ねる。
「…………どこかへ行ってしまいました。暁先生曰く、おそらくヒトの姿を保てなくなってしまったんだろうと」
「そんな……」
キリヤはそう言って俯く。
「でもキリヤ君が元の時代に戻れば、もしかしたら優香さんを救う道もあるかもしれない。君というパーツがあの世界には必要なのは確かだから」
最上さんの言いたいことはわかる、でも――
「……今はすぐに答えを出せません。少し、考える時間がほしいです」
「ダメよ。時間は刻一刻と迫っているの。今すぐに決断しなさい。そうじゃないと、取り返しのつかないことになる。先生も奏多ちゃんも、優香さんだって」
僕が今すぐに元の時代に戻れば、今いる未来のようにはならないかもしれない。でも、優香の未来はきっと何も変わらない――
そしてキリヤは自分がここへ来た目的を思い出す。
優香を救いたくて、ここへ来た。だから未来を変えて、それから優香に会いたいんだ――
そう決心したキリヤは頷く。
「僕はまだ帰りません! ここで僕のやるべきことをなしてから、元の時代に戻ります! 必ず!!」
「手遅れになるかもしれないわよ」
「そんなことにはしません。僕は、先生も優香もどっちの未来も救います! そのために僕はここにいるんですから!!」
そう言って微笑むキリヤ。
「ふふふ。あなたもやっぱり暁先生の生徒ね」
そう言って嬉しそうに笑う水蓮。
「ええ。僕は間違いなく、暁先生の生徒ですよ。今でもそのつもりです」
「それではあなたを信じましょう。必ずみんなの未来を救ってくださいね」
「はい!」
それからキリヤはベッドで眠る暁の元へと歩み寄った。
「先生、待っていて。また元気な姿でたくさん話そうね。僕、先生に話したいことがたくさんあるんだから」
そう言ってからキリヤは暁の手を握った。そしてふと自分が暴走後に目を覚ました時のことを思い出すキリヤ。
僕の時も、こうして手を握ってくれたんだよね――
キリヤはそう思い、ふふっと微笑むとベッドにそっと暁の手を置いた。
「じゃあ学園に戻りましょう。そろそろ授業も終わる頃ですよね」
「そうね」
それからキリヤと水蓮は『夜明学園』に戻ったのだった。