第5話ー① 未来へ
キリヤが目を開けると、その目の前には大きな噴水があった。
「ここ、どこかで見たことが……」
そして以前、優香とショッピングへ行ったときに来た公園を思い出す。
たしか、あの時にあった女の人に――
「ちょっと! あなた、何者?」
「……え?」
キリヤは突然聞こえた声に振り返ると、そこには黒色のワンピースに黒の日傘を差した女の子の姿があった。
「僕のこと?」
「他にいないでしょ! なんでここにいるのよ! それに、誰なのよ!!」
「初対面でいきなりそんなことを言われるなんて――」
「早く答えなさい!!」
なんて気の強い子なんだろう――そんなことを思いながら、キリヤはため息を吐き、仕方なく自己紹介を始める。
「僕の名前は桑島キリヤ。仕事でここへ来たんだ。えっと、君は?」
「はあ? なんであんたなんかに名乗らなきゃいけないのよ! ふんっ」
「えええ……」
キリヤが困り顔で少女を見つめると、
「し、仕方ないわね! 今日だけ特別よ! 私は『姫川恵里菜』。ふんっ!」
そう言ってそっぽを向く恵里菜。
そして出会いたかった対象がすぐに見つかり、心の中でガッツポーズをするキリヤ。
これでこの子を食い止めれば、きっと未来は変わるはず――!
そんなことを思いながらキリヤがニヤニヤとしていると、
「はあ? 気持ち悪いんだけど? というかなんであんたは私の能力に引っ掛からないわけ?」
「え?」
「だーかーらああ!! なんで私の『鏡よ鏡』で映らなかったのかってことよ!!」
「そう言われても……それに、『鏡よ鏡』って?」
キリヤが首を傾げてそう言うと、
「私の能力よ! 未来予知みたいな!!」
声を荒げながら恵里菜はそう答えた。
「へえ」
感心しながら頷くキリヤ。
そういえばローレンスが、魔女にはそんな能力があるって言っていたっけ――
「あんたは何者なの? この能力に引っ掛からなかった人間を私は知らないわ。あ……もしかして。あんたはヒトの皮をかぶって妖怪ね!!」
「ち、違うって! ちゃんとヒトだから!!」
今まで聞き取り調査で変な目を向けられることはあったキリヤだったが、まさか『妖怪』呼ばわりされるなんて――と少々へこんだのだった。
「ふうん。まあいいわ。あんたは面白そうだし、私の付き人のしてあげる。光栄に思いなさい!」
ドヤ顔でそう言う恵里菜。
なんという女王様気質……確かに白雪姫に出てくる魔女そのものだな――そんなことを思いながら、恵里菜を見つめるキリヤだった。
「じゃあ行くわよ!」
そう言って歩き出す恵里菜。
「行くってどこへ?」
「決まっているでしょう!? 家に帰るのよ! ほら、さっさと歩きなさい!! あなた、前世は亀だったの?」
「あ、はい……」
なんか大変なことになったなあ――そんなことをふと思うキリヤだった。
それから数日間、キリヤは恵里菜の付き人として過ごしていた。
恵里菜の家はかなり裕福なようで、恵里菜が願えばなんでも買い与えてもらっているようだった。
そして恵里菜はまれにみる才女で頭脳明晰、スポーツ万能。『白雪姫症候群』の能力も他の子供たちと違ってけた外れの力を持っていた。
そんな才女の恵里菜は自分の能力ですべてのものが見えてしまうこともあり、毎日をとてもつまなさそうな顔をして過ごしていたようだった。しかし、
「キリヤだけは私の予定調和の枠から外れているの。だからキリヤとの毎日は私にとってとても刺激的で楽しいわ!」
そう言って楽しそうに笑う恵里菜。
恵里菜は他の人間とは違うキリヤのことを、とても気に入っているようだった。
そしてある日の夜。キリヤは用意されている個室のベッドで寝転んでいた。
「ここに来てどれくらいが経ったんだろう。まだ時空のはざまが出現していないってことは、未来は変えられていないってことなんだよね」
そう言ってため息を吐くキリヤ。
そしてキリヤは、ふと恵里菜の顔を思い浮かべ、
あんなに優秀な彼女がなぜ過去へ行き、僕のいた時代であんなことをすることになったんだろうか――
とそんな疑問を抱く。
キリヤはここ数日で恵里菜が本当に優秀であることを理解しており、なぜそんな彼女が過去へ飛び、『ポイズン・アップル』を作って子供たちにあんなことをしたんだろう――と不思議に思っていた。
「そういえば、口癖みたいに言ってたな……『予定調和』って」
自身の能力で未来が見えてしまうことは、確かにつまらないかもしれない。未来はどうなるかわからないから頑張ろうって思えるし、希望を捨てずにいられるのもだと僕は思うから――
「恵里菜は『予定調和』の日々に退屈をして、過去へ行くことになるのかな……そうだとしたら、僕がやれることって、恵里菜に『予定調和』だけの未来じゃないってことを教えてあげること、だよね!」
そして身体を起こして、胡坐を組んで座るキリヤ。
「でも、どうしたらいいんだろう……僕以外の未来は恵里菜にはわかってしまうってことだよね」
それからしばらくキリヤは頭を悩ませたが、結局答えは出なかった。
「また明日、考えよう……今日はもう眠いや」
そして眠りに落ちるキリヤだった。
翌朝。キリヤは恵里菜の部屋へと向かった。
基本的に誰も部屋には入れない恵里菜だったが、お気に入りのキリヤだけは部屋に招き入れていたのだった。
そしてこの日もキリヤは恵里菜の部屋で朝食を摂ることになっており、
「恵里菜、おはよう。入るよ?」
そう言って恵里菜の部屋の扉をノックした。すると、部屋の中から恵里菜の声がする。
「ええ、空いているから入ってきなさい」
「失礼します」
キリヤはそう言いながら扉を開けて、部屋の中へと入った。
「ちょうど準備を終えたところよ。さあ、座りなさい」
「ありがとう」
そしてキリヤは恵里菜の正面に座る。
「それじゃあ、いただきましょうか」
そう言って手を合わせて、恵里菜は朝食を始めた。
「いただきます」
キリヤもそう言って手を合わせると、皿に乗っているパンに手をつけた。
「そういえば、今日は制服なんだね」
キリヤは恵里菜の方を見てそう言った。
「ええ。めんどくさいけど、月に何回か行かなくちゃならないの。単位の取得は終えているから、行く必要なんてないんだけどね。でも、一応まだ義務教育課程だから」
「意外と真面目なんだ」
キリヤはそう言って笑う。
「意外ととは侵害ね。私はもともと真面目よ」
「あはは。そうだったね」
「キリヤ。あなたも同行なさい」
「……え?」
恵里菜の言葉にぽかんとするキリヤ。
「え? じゃないわよ! 私の付き人なんだから当たり前でしょ! 授業中はその辺でフラフラしててくれればいいわ」
「いや。でも許可とかいるんじゃないの? 僕、不審者扱いされるのは嫌だからね!?」
「大丈夫よ。もう許可は得ているわ。だから安心なさい」
淡々とそう言って食べ物を口に運ぶ恵里菜。
さすがだな。やることが早い――そんなことを思いながら、恵里菜を見つめるキリヤ。
優香も同じくらい優秀だったよね。恵里菜と違って、女王様気質ではないけど――
そんなことを思い出し、キリヤは食事の手を止めていた。
「どうかしたのかしら」
そんなキリヤを見た恵里菜はそう告げる。
その言葉にキリヤははっとして、
「ううん。何でもないよ」
笑顔でそう答えたのだった。
ここでの問題が片付けば、きっとまた優香に会える――
そう思ったキリヤは小さく頷き、朝食を再開した。
それから数分後。
姫川邸、玄関ホールにて――
「それじゃあ、行きましょうか」
恵里菜はそう言って玄関を出て行く。
「うん」
そんな恵里菜を追って、キリヤも外に出て行った。それから2人は車に乗って、恵里菜の通う学校へと向かったのだった。