第4話ー① その始まりを知って
「え、それは本気で言っていますか?」
研究所の来客室。所長と黒服の男が向き合って会話をしていた。
「もちろんです。政府での決定事項ですので、従ってください。もしも従えないというのなら――」
「……わかりました。本人には私から伝えます」
「宜しくお願い致します。では3日後、お迎えに上がりますので」
そう言って黒服の男は研究所を去っていた。
「はあ。どうしたものか……」
所長がそう言って大きなため息を吐くと、
「お客様はおかえりかな?」
ゆめかがそう言って来客室へと入ってきた。
「ああ」
「なんだか浮かない顔だね、何かあったのかい?」
「実は、このリストにある能力者を隔離するということになってね」
そう言って所長はゆめかに一枚の紙を渡した。
「えっと、下記の政府関連従事者は、3日後に隔離施設へ輸送することとした。対象者名――」
そこには『三谷暁』『糸原優香』そして『山藤龍海』の3名の名が記されていた。
「ほう」
「疑問点はないかい?」
「……キリヤ君の名前がないこと、かな」
ゆめかはぽつりとそう言った。そして所長は頷くと、
「ああ。政府関連従事者で高能力者はキリヤ君もだ。だが、ここに表記はない。そしてなぜかこの間の事件で保護した少女の名前がある」
怪訝な顔でそう答える。
「確かに、ちょっと不思議だね……あ」
「どうしたんだい?」
「私が最後に見た夢のことを思い出して……」
夢、それはきっとゆめか君の能力だった――
「予知夢、か?」
「ええ。もう一つの魂を身体に宿す、神の使い。それが暁先生だということ」
ゆめかは所長の顔をまっすぐに見ながらそう言った。
「……なるほど。優香君も蜘蛛化の能力があることを考えると、生き物の力を借りている能力者が今回の対象だということか」
「そういう事だね。でも、なぜ彼らが特別な神の使いなのか。それに、誰から聞いた言葉なんだろう」
そう言って首を傾げるゆめか。
「そうだね。こうなることをわかっていた人間がいるということなのかもしれないな」
「そうなのかもしれないね。……それで、所長はどうするつもりなんだい?」
所長は眉間に皺を寄せると、
「今回は従うしかないだろうね。この研究所の存続のために……」
悲し気にそう言った。
「そうか」
「暁君や優香君には本当に申し訳ないよ……」
所長は俯きながらそう言った。すると、ゆめかはそんな所長の顔を覗き込み、
「仕方のないことさ。それにきっと意味のある出来事だって私は思う。だから所長がそんなに気を落とすことはないよ」
そう言って微笑んだ。
まったく、私は頼りになる仲間を持ったものだ。本当に幸せだよ――
そして所長は顔を上げる。
「ありがとう、ゆめか君。じゃあさっそく優香君と暁君にこのことを伝えないとな」
「はい。施設の運営についても、決めなくちゃならないから忙しくなりそうだね」
「ははは。そうだな」
それから所長とゆめかは来客室を後にしたのだった。
***
――優香の部屋にて。
キリヤは龍海に睨まれていた。
「お前の言う事なんて聞けるはずないだろう! ふざけるな!!」
「龍海、ごめんって! 謝るから機嫌治してってば!!」
「近寄るな! お前なんか、どこかへ失せよ!!」
そう言ってキリヤにそっぽを向く龍海。
「はあ。もう……」
「でも、キリヤ君が悪いんだよ。龍海ちゃんが食べたがっていたプリンを食べちゃうから」
優香は椅子に座って本に視線を向けたまま、キリヤへ淡々とそう言った。
「だって、田川さんが食べてもいいって言うから――」
「あの人の言う事をまともに聞くキリヤ君が悪い」
「そんなあ……」
そう言って肩を落とすキリヤ。
「龍海ちゃんもそろそろそれくらいにしてあげてね。キリヤ君泣き虫だから、そのうち大泣きしちゃうよ? 私、面倒見切れないからね」
優香は本を読んだまま、また淡々とそう告げる。
「キリヤは泣き虫なのか。じゃあ仕方がない。可哀そうだからこれくらいにしてやるか。弱いものいじめは良くないって、ゆめかたちも言っていたしな!」
「そうそう。偉い、偉い!」
優香はそう言って、龍海に微笑んだ。
「どうして僕が弱虫で泣き虫ってことで話がまとまってるの!?」
「いいじゃない。これで丸く収まるなら、ね?」
「そうだぞ! キリヤは泣かずに済んだのだから、私にもっと感謝すべきだ!!」
「えええ……」
湖畔の事件を終えてから数日。目を覚ました龍の少女は初めこそ揉めはしたが、今ではすっかり女性陣と仲良くなり、『グリム』のメンバーと打ち解けていた。
所長や神無月がいれば、少女に飴やお菓子が提供され、ゆめかがいれば、寂しくならないようにと楽しい話を聞かせたり。
少女は親から見捨てられた悲しみを埋めてくれた魔女に心酔していたが、今では『グリム』のメンバーのおかげもあり、完全に心が安定しているようだった。
しかし未だにキリヤにだけは懐くことはなく、今日も今日とてキリヤは困り果てているというわけだった。
僕に懐いてくれる日なんてくるのだろうか――
キリヤはそんなことを思いつつ、今日も龍海たちと過ごしていた。
すると、そこへ所長とゆめかがやってくる。
「やあ、楽しそうだね!」
ゆめかは笑顔でキリヤたちにそう告げた。
「お疲れ様です。所長、白銀さん!」
キリヤは突然部屋にやってきた所長たち驚き、緊張気味にそう言った。
「うん。お疲れ様」
「お疲れ様! そんなに緊張しなくてもいいんだよ、キリヤ君?」
ゆめかはニヤニヤと楽しそうにそう言った。
「いえ、そういうわけには」
あまり生意気な態度なんてしてしまったら、また白銀さんから訓練の時に何をされるか――
肩に力を入れたまま、そんなことを思うキリヤ。
「ふふふ……」
緊張気味なキリヤを横目に笑いが抑えられなくなる優香。
「ちょっと、優香!?」
「あはは、ごめんなさい。……お疲れ様です。所長、白銀さん。今日はどうしたんですか? 白銀さんはともかく、所長がわざわざ個室に来るなんて」
優香は普段部屋には来ない所長に対し、不思議に思ったようでそう尋ねる。
「さすがは優香君。するどいね。じゃあ所長、さっきの話を」
「あ、ああ」
なんだか表情が暗いような――キリヤは所長の顔を見ながら、ふとそんなことを思う。
それから所長はその重そうな口を開くと、政府が決めた事項をキリヤたちに説明を始めた。
「――政府からのお達しでね、3日後に優香くんと龍海君はこの研究所から出てもらって、政府の指定した場所へと輸送されることになった」
「え……」
そう呟いたキリヤはゆっくりと優香の方を見る。すると――
「わかりました」
優香は笑顔でそう返したのだった。
「すまないね……」
所長が申し訳ないと言った顔でそう言うと、
「いいえ。きっと研究所の為、なんですよね。だとしたら、お役に立てて光栄です」
優香は笑顔を崩さずにそう答えたのだった。
「ありがとう。じゃあ、私たちはこれで……」
「3日後に備えて、準備を頼むよ。もちろん、龍海もね」
「……はい」
そして所長たちは優香の部屋を後にした。
「ねえ優香。いいの? 危険かもしれないじゃないか」
「いいの。さっき聞いたでしょ。これで研究所を守れるのなら万々歳だし。それに……」
「え?」
「暁先生も呼ばれてるから、私の方はむしろ安全。危険なのは研究所と施設の子供たち」
優香はキリヤの顔をまっすぐに見て、そう言った。
「もしかして、今回の対象者って――」
「ええ。キリヤ君が選ばれていないってことは、きっと高能力者を対象にしているってことじゃないんだよ。たぶん『ゼンシンノウリョクシャ』関連、かな」
「そんな……」
そうだとしても……危険であることに変わりはないんじゃ――
そう思いながら、俯くキリヤ。
「私たちは大丈夫だから、キリヤ君はキリヤ君にできることをして」
「……うん」
それから3日後、優香と龍海は研究所を旅立ったのだった。




