第2話ー⑧ 湖畔の罠
「このあたりで別れたと思ったんだけどな……」
キリヤは龍の少女を背負いながら、きょろきょろとあたりを見渡す。
ほたるって呼ばれる少年もいないみたいだし、優香はどこへ行ったんだろう――
すると、路地裏の陰から少年が姿を現す。
「君……三谷君、だね」
「名字で呼ばないでくれるとありがたいかな。桑島キリヤ君」
「僕もフルネームで呼ばれるのはちょっと……」
「じゃあキリヤ君で」
そう言って微笑む翔。
もしかしてからかわれたのかな? 落ち着いてはいるけど、やっぱり年相応なんだな――
「うん。ありがとう、翔君。それで、なんで君がここに?」
「君が探している子はこっち――」
そう言って路地裏に入っていく翔。
「あ、待って!」
キリヤはそう言って、翔の後を追った。
優香のところに連れて行ってくれるってことなのかな――
翔の後ろを歩きながら、キリヤはそんなことを思っていた。
「君が背負っているその子は?」
翔は前を向いて歩いたまま、キリヤにそう尋ねた。
「えっとさっき、湖畔で――」
「ああ、なるほど。『エヴィル・クイーン』の罠に使われた子か」
「う、うん」
なんでそのことを――?
そんなことを思いながら、前を歩く翔を見つめるキリヤ。
「彼女も『ゼンシンノウリョクシャ』なんだね。さっき遠くから龍が暴れているのが見えていたよ」
また、『ゼンシンノウリョクシャ』って……それって何のこと――?
「ねえ」
「ん? なんだい?」
「さっきこの子も言っていたけど、その『ゼンシンノウリョクシャ』って……?」
その問いに翔は立ち止まり、キリヤの方を向いた。
「もしかして、『ゼンシンノウリョクシャ』を知らないのかい?」
「う、うん」
目を丸くする翔を見て、キリヤは呆然とする。
「そうか……」
そしてまた歩き出す翔とキリヤ。
そんなに驚かれるようなことなのかな? だって今まで聞いたこともないし、それに何でも知っていそうな優香からそんなことは何も――
「――まあ、それは僕から言うよりも、彼女に聞いたらいいよ」
そして足を止めた翔の視線の先には、壁にもたれて眠る優香がいた。
「!? 優香!! どうしたの!?」
そう言って優香に駆け寄るキリヤ。
「大丈夫。眠っているだけだから。直に目が覚めるよ。傷も塞がっているしね」
「君が優香を手当してくれたの?」
「いや。彼女自身の能力だよ。じゃあ、僕はこれで。元気でね、キリヤ君」
そう言って翔はどこかへ行ってしまった。
キリヤは背負っていた龍の少女を下ろし寝かせると、優香の傍で座り、肩を揺らした。
「優香? 大丈夫?? 優香!!」
「んんん……あれ。キリヤ君?」
そう言いながら目をあける優香。
「無事でよかった……ケガもないみたいで安心したよ」
「え……あ……」
優香はキリヤの言葉を聞き、自身の身体を触る。その動きを不審に思ったキリヤは、「どうしたの?」と不安な顔を優香に尋ねた。
「キリヤ君がここへ来たとき、私ってどんな感じだった?」
「どんなって……眠っていたよ。こう、目を閉じてスヤスヤと――」
「そ、そっか……」
そしてホッとした表情をする優香。
そんな優香に首をかしげるキリヤ。
「でも、それがどうしたの……?」
「え、うん。えっと……あ、ほら! 寝顔を見られるのって恥ずかしいじゃない? ってことだよ!」
「あはは。なんだかわかる気がするよ!」
「で、でしょ?」
そう言って微笑む優香。
そんな優香の顔を見たキリヤは、本当にもう大丈夫なんだという事を理解する。
「うん。優香ももう何ともないみたいだし、このまま民宿に戻ろうか! あの子も何としなくちゃだし」
そう言って横たわる少女に目を向けるキリヤ。
「あの子が依頼者の娘さん??」
「その娘役の女の子。『エヴィル・クイーン』に騙されて、利用されていたみたいだ。魔女を僕たちが消したって思っているみたいで」
キリヤは眉間に皺を寄せてそう言った。
「さっきのほたるとかいう子も同じことを言っていたね」
「うん」
ローレンスに話を聞いた時、魔女は自身が消されることを予言していたと言っていたっけ――
キリヤはほたるや龍の少女の言葉を聞き、ローレンスから聞いたことが本当なのかもしれないと思い始めていた。
「……本当に、魔女は消えたのかな」
「さあね。でもとりあえずこの子は何とかしてあげないとじゃない? 私達をおびき寄せてここで消すはずだったんだろうけど、その作戦は失敗した。つまり今度はこの子が消される可能性があるってことだよ」
「そんな――!?」
「でも私たちが守ってあげればいい。じゃあ宿に戻ろうか」
優香はそう言って立ち上がった。
「うん」
キリヤは寝かせていた少女を再び背負うと、優香と共に宿へ向かって歩き出したのだった。