第2話ー⑦ 湖畔の罠
『うるさい! 黙れ!! 私は聞いたんだ! 魔女様の側近がそう言っていた。それにほたるという少年も。だから魔女様は――』
ほたる? さっきの少年か。もしかしてこの子も『エヴィル・クイーン』に騙されて……だったら早く助けてあげないと。また慎太みたいにこの子も――
そしてゆっくりと龍を見つめるキリヤ。
『もう降参したほうがいい。お前の力では、私に勝つことはできないのだから――』
「僕がここで諦めたら、きっといろんな人たちが傷つくことになる。それに君だって!!」
『お前に何がわかる。私の悲しみなんて、わかりもしないくせに』
「もちろんわからない。でも僕は君を救いたい。その為にここへ来たんだ!」
キリヤは、目の前にいる龍をまっすぐに見てそう言った。
『……そうか。ではお前はここで死んでもらう』
そして龍が口を開くと、それと同時に湖の水が揺れ始めた。
『さようなら、ヒトの子よ。来世は幸せにな』
龍がそう言って口を最大限に開くと、湖の水が龍の形になった。そしてその水の龍はキリヤに向かって飛んでいく。
「僕だって、『グリム』の一員なんだ! ここで負けるもんか!!」
そう言ってキリヤは右手の手のひらを前に突き出した。
『馬鹿め。『ゼンシンノウリョクシャ』ではないお前に、それは止められんわ!』
「僕だって、S級なんだ!!」
そう叫び、右手に力を集中するキリヤ。
そして水の龍はキリヤの手に触れると氷化していった。
『なに!?』
「じゃあ続きを始めようか」
右手を突き出したまま、キリヤはそう言って笑う。
『能力が向上した……? な、なぜだ!!』
「『白雪姫症候群』の力の源は心の在り方だ! 僕は君を救いたい。その気持ちの強さがこの力の正体だよ!!」
『私を救う、だと!? お前に何ができる!』
龍は口を大きく開けて、キリヤを威嚇した。
「……わからない。でも君の悲しみを僕は聞いてあげることができる。一緒に乗り越えていくこともできる! 君は1人なんかじゃないし、魔女以外だって、君のことをちゃんとヒトとして――」
『そんなわけない! 私の両親も友人もみんな私をバケモノと言って遠ざけた。そして何もないこの湖畔に捨てたんだ!! そんな私に魔女様だけが手を差し伸べてくれた。魔女様だけだったんだ!! 他の人間なんていらない。私は魔女様だけがいてくれればそれでよかった! それなのに……』
そうか。この龍の子は、そんな悲しみを抱えていたんだね――
「君の想いは伝わったよ。でも君は一つ勘違いをしている。僕はその魔女に会ったこともないし、それに今どうしているかもわからない。生きているのか死んでいるのかすらね……」
悲し気な表情でキリヤはそう言った。
『な、何、ふざけたことを――!』
「お願い、聞いて! 君を救えるほどの力がある魔女様なら、まだどこかで生きているんじゃないの? そんな簡単に消されるなんて、考えられないよ!!」
こんな嘘が通じるかはわからないけど、でも言わないよりはマシのはずだ――!
『はっ、何を言っている! お前たち『グリム』がやったことはわかっているんだ! 他に誰が!!』
「わからないけど、でも。僕たちはそんなことはしない。ちゃんと話し合って、お互いのためになる未来を導き出すから!!」
『黙れ黙れ黙れ! お前はここで死ねえええ!』
そして龍はキリヤに向かってくる。
「僕は君を助けたい。その気持ちだけはわかってくれ!」
そう言って向かってくる龍を正面で待ち構えるキリヤ。
一か八か。僕の力を信じる。優香みたいに良い策が思いつけばいいけど、僕には無理みたいだから――
そして龍がキリヤに触れた時、龍は凍結し動かなくなった。
「ごめんね。もっとちゃんと話合うべきなのに」
それから小さな種を龍の身体にそっと置くと、その種は芽吹き龍の身体に張り付く。
「この種は力を吸い出してくれる種。吸血草って僕は呼んでる」
次第に大きくなっていく芽。そして大きな花を咲かせると、そこにいたはずの龍は人間になっていた。
「よかった……力が吸い出されて、眠ったのかな」
あの種がここまでの力を発揮するなんて。何でも試してみるものなんだってことだよね。いろんな種を調合して偶然できたものだったのに――
そんなことを思いつつ、キリヤは眠った少女を背負った。
「よし。優香のところに戻ろう」
そして優香の元へ向かって歩き出したのだった。