51話 損して得取れ
昨日更新できなかったの、今日は2話更新です。
こちらは2話目になります。
オルドア殿下と私は険悪とまではいかなくとも、良好とは言えない関係だった。
性格の相性。
そしておそらく、私がオルドア殿下を警戒していたせいだった。
ヤンデレ素養を持つ攻略対象であり、第三王子という高い身分。
オルドア殿下はぶっちゃけ、できるかぎり近づきたくない相手だ。
対面時は失礼を働かないよう、社交用の笑顔を浮かべ接していた。
が、オルドア殿下はお気に召さなかったらしい。
初対面から警戒心MAXな私へ、不信感を抱いているようだった。
オルドア殿下は振る舞いこそ傍若無人だけど、一方で抜け目なく相手を観察しているのだ。
気に食わない私が、リオンとライナスという将来有望な二人と仲良くしているのが、面白くないに違いない。
上から目線全開なオルドア殿下に、ライナスも不機嫌になっている。
身分を振りかざしてくる相手に、ライナスは強く反発心を覚える性格だった。
「勝手に俺の感情を決めつけるなよ。他人に教えてもらわなくても、つるむ相手ぐらい自分で決められるっつーの」
「イリスは公爵令嬢だ。身分に目がくらんだ平民が、ついて回るのも仕方ないな」
「公爵令嬢がどうとか関係ねーよ。イリス様はイリス様だろうが」
ライナスの言葉は嬉しい。
嬉しいけど相手が悪かった。
同学年の生徒たちはみな学友であり上下関係は存在していない。
そう校則で決められているが、あくまで建前でしかなかった。
平民と貴族の学生では扱いにやはり差があるし、王族ともなればなおさらだ。
「イリスはイリス、だと……?」
ライナスに対し、どこか苛立ちの光を浮かべるオルドア殿下。
これ以上険悪になると、ライナスの学生生活に影が落ちてしまいそうだ。
どう二人の会話を終わらせようかと思っていると、リオンが一歩前に進み出た。
「オルドア殿下に、感謝の言葉を捧げても良いでしょうか?」
「突然なんだ? 何に感謝するつもりだ? 言ってみろ」
オルドア殿下の許可を得たリオンが、完璧な一礼を披露し口を開いた。
「イリス様の身を慮っていただきありがとうございます」
「どういうことだ?」
「イリス様は血筋尊く、人柄も才覚も素晴らしいお方です。そんなイリス様のおこぼれにあずかろうと、有象無象の輩がよってくるかもしれないから気をつけろ、と。オルドア殿下はそう忠告しようとしてくださったのでしょう?」
先ほどライナスに向け放たれた発言への曲解解釈。
強引なこじつけとも言えるが、オルドア殿下を立てる形でもある。
咄嗟のリオンの機転に、オルドア殿下は唇の端を釣り上げている。
興味の対象がライナスから、リオンへと移ったようだった。
「よく回る頭と口の持ち主のようだな。おまえの名はリオン。生まれは隣国の貴族で平民に落ち、今はイリスの従者をやっているんだったな?」
「イリス様には誠心誠意、お仕えさせていただいております」
「私にはもったいないほどの、優秀な従者ですわ」
私渾身の、心からの賛辞である。
リオンのおかげで、この場でライナスとオルドア殿下の関係がこれ以上、悪化するのが避けられそうでありがたかった。
「リオン、おまえは難関の試験を潜り抜け、クラス分けの学力評価試験でも、九位に食い込んでいたな?」
「さようでございます」
「悪くないな。この先も慢心せず精進しろ。そうすればいずれ、学力の面で俺の好敵手になるかもしれん。周りが雑魚ばかりではつまらんからな」
「恐れ多いことです。学力評価試験主席の殿下は、入学式の一年生代表も務められるとお聞きしています。入学式でのオルドア殿下のお言葉、心して拝聴させていただきますね」
「……主人に似て白々しいな」
文句のつけようのない礼をしたリオンに、オルドア殿下が小さく鼻を鳴らした。
「まぁいい。そろそろ入学式の準備の時間だ。おまえたちも決して、遅刻などしないようにしろ」
踵を返したオルドア殿下が、取り巻きをつれ去っていった。
声を出しても聞こえない程離れたところで、私は一つため息を吐き出した。
オルドア殿下は私と同じ一組だ。
前途多難な、めんどくさい予感しかしなかった。
「なんだよあのオレ様王子様殿下、言いたいことだけ言って去ってきやがって。村のガキの方が礼儀正しいぞ?」
思いっきり悪態をつくライナス。
オルドア殿下が前にいた間は、あれでも文句を抑えていたらしい。
「イリス様をけなされ憤る気持ちはよくわかりますが、少しは冷静になったらいかがですか?」
「あんなオレ様王子様の機嫌をうかがって、下手に出ろって言うのか?」
「上手く受け流せということです」
「んなこと言われても腹が立つだろうが。オレ様王子様の言葉、今思い出してもイラっとするぞ」
ライナスが眉をしかめている。
直情的で感情に素直なライナスと、冷静で要領の良いリオン。
二人の性格の違いが、はっきりと表れるやりとりだった。
「ライナス、落ち着いて。リオンの言葉も一理あるわ。損して得取れって言葉もあるくらい、だ、し……」
「どうしたんだ?」
ライナスの問いかけを聞きつつ、私はリオンを見上げた。
「ねぇリオン」
「なんでしょうか?」
「クラス分けのための学力評価試験、リオンは9位だったけど……。本当は、首席だって狙えたんじゃない?」
あの試験、私は4位だった。
けれど思い出してみれば、試験に向けた勉強中、リオンの方が試験範囲への理解が深かった気もする。
そんなリオンの試験結果が九位。
十分良い成績だったし、私より順位が下だったのはケアレスミスが重なったせいかと思い、深く考えていなかったけれど。
「もし主席を取ってしまったら、今以上にオルドア殿下の関心をひいてしまうだろうからって、わざと間違った解答を書き込んでたりしてない……?」
「損して得取れ、ですよ」
私の指摘を否定せず、にっこりと笑うリオン。
そんなリオンへとライナスが
「俺はバカかもしれないが、おまえは腹が黒すぎると思う」
ジト目を向けていたのだった。
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書籍版は志田先生のイラストと、書き下ろし番外編2編も収録されているので、そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。




