48話 待つ時間は長いもの
「おまえが……イリスがどうしてるか気になるって俺が言って、じゃぁ会いに行こうってメアリが乗ってきて、だから俺は、メアリは、危険なダイディーズ子爵領を通ってここに来てしまったんだ」
「………」
懺悔するカイルに、私は言葉が出てこなかった。
どんな慰めの言葉も、カイルを傷つけるだけだと直感して。
そして同時に、寒気を感じて止まらなかったからだ。
「っ……!!」
なんで? どうして?
メアリのペスト感染のきっかけがカイルだなんて。
そんなの、それじゃあ――――ゲームの展開を辿ってしまっていた。
ゲームの強制力。
見えざる力の存在に、血が逆流する音が聞こえそうだ。
おかしい。おかしいよね?
引っかかる点は他にもあった。
――――ペスト患者の再発。
これだけなら、十分考えられる範囲だ。
ペスト菌が人里から消え失せただけで、森にはペスト菌を持つネズミがいてもおかしくなかった。
そのネズミから再び、人間社会にペストが広がる可能性は十分考えられる。
現に今、再びペスト患者が現れたのだから、何もおかしくはないけど……。
なぜ、ペストが再燃したのがこの公爵領で、カイルがきっかけでメアリも感染してしまったのだろうか?
片方ならただの偶然と言えたけど、両方だなんてまるで―――ゲームの展開を、誰かが強制的に再現しようとしているみたいだ。
ゲームと同じように。
公爵領はペストに蹂躙され、メアリも死んでしまって――――
「……違うわ」
違う。違うはずだ。
願望ではなく、私は気づかされたはずだ。
『今までのイリス様自身を、信じてあげてください』
『私も、イリス様を信じています』
リオンが信じた私。
私が記憶を取り戻してから、この世界へと与えた影響。
お父様の鉛中毒を治療し、フランツの二重人格化を阻止し、シャボン玉と石鹸を流行らせた。
一つ一つは小さな変化かもしれないけど、確かに私は世界を変えている。
ペストの対策だって、一度は流行を抑え込んだ実績があった。
――――もし、ゲームの強制力という、文字通り強い力が存在しているのだとしても。
それに抗い、捻じ曲げることができると、リオンと共に歩いた軌跡が証明していた。
「……だから、助かる」
「イリス……?」
「メアリはきっと助かるわ。……助かると信じて、今自分が出来ることをするのよ」
私自身に言い聞かせるように、カイルへと言葉を紡いだ。
「メアリに悪いと、謝罪がしたいと思うなら、メアリが元気になってから、思う存分謝ったらいいわ」
「……そんな、俺に都合の良い考え方っ……!!」
カイルが弱々しく、銀色の髪を横に振る。
メアリの看病をすべきでないと、そう頭では理解しているのだろうけど。
無力感に足を取られ、苦しみに襲われているようだった。
「なら、私が望むわ」
「……何を言ってるんだ?」
カイルを見て、つなぎとめるように視線で射貫いた。
「私が、カイルにここにいて欲しいと望むわ」
「な、にを、言って……」
「メアリもカイルも、私の大切な友達よ。……だから、カイルまで黒死病に感染して欲しくないの。メアリが心配でどんなに辛くても、ここで待っていて欲しいわ」
「っ……」
見つめあう瞳が、カイルの方からそらされる。
「……ズルい。反則だ。そんなこと言われたら……」
そう。私はズルかった。
友情に訴えかけ、強引にこの場に留める。
カイルををペスト感染者にしないためとはいえ、褒められたやり方ではないのだった。
☆☆☆☆☆
――――とまぁそんな風に、ひと悶着あったわけだけど。
「私が寝込んでる間、色々と大変だったんですね……」
メアリが寝台に腰かけ呟いた。
着ているのは病人服だったけど、顔色は健康そのものだ。
――――メアリが倒れてから半月がすぎていた。
一時は熱にうなされ苦しそうだったけど。
薬のおかげで、重篤化することなく回復している。
メアリは元々健康で、早期に抗菌薬を投与することもできたのだ。
感染が発覚した時は心配で取り乱してしまったたけど、終わってみれば順当に、ペストに打ち勝ったということ。
私も頭ではそうわかっていたるもりだけど、やはり身近な相手が発症すると、冷静ではいられなかったのだ。
ここ一か月の話をメアリにする私の後ろで、カイルもほっとした様子で立っている。
「メアリの従者たちも全員、後遺症もなく治ったわ。公爵領全体で四十人ほど感染者が出たけど、そちらも幸い、今のところ死者は出ていないそうよ」
もともと公爵領には、私が作りだめした抗菌薬があったし、ペスト対策は万全だった。
ペスト再発に早期に気づけたこともあり、被害を最小限に食い止めることができたのだ。
……もっとも、それはうちの公爵領での話だ。
ペスト再発生の元凶、隣のダイディース子爵領では、それなりの被害が出ていた。
子爵の親族も何人か、ペストで亡くなってしまったようだ。
うちの公爵家から提供した薬と感染対策ノウハウのおかげで、ダイディース子爵領から外部への感染被害を小さく抑えられただけ、まだマシだと思うしかなかった。
感染者の隠ぺいは重罪だと、国からの通達も改めて出されたため、今後はダイディーズ子爵のような例が出ないのを祈りたいところだ。
――――その後半年ほど、ペストを警戒した日々が続き。
ついに新規発症者が一月以上報告されなくなった日、私は一人息を吐きだした。
国を襲った、ペストと言う名の災い。
前世の記憶を取り戻して以来恐れていた災禍を、どうにか乗り切ることができたようだった。




