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47話 嫌な想像程当たるものです


 駄目だ。いけない。

 頭によぎった最悪の想像に、ぐるぐると思考が空回った。


 どうしてメアリが? ゲームの強制力? 死んじゃうの?

 助けるためにまずは隔離して、私のスキルを使って鑑定して詳しい検査をして、メアリと接触があった人、そう私も隔離が必要で――――――


「イリス様」

「……あ」


 掌に触れる熱。

 リオンがそっと私の手を握っていた。


「落ち着いてください。イリス様なら大丈夫です」

「でも、メアリが……」

「イリス様はずっと、黒死病への対策を行ってきました。今までのイリス様自身を、信じてあげてください」

「私を……」


 ……そうだ。

 思い出せ。

 ペスト対策のため、私は何年も前から行動してきたんだ。

 今動けなきゃ、全てが無意味になってしまう。


「私も、イリス様を信じています。だからどうかいつものように、私が呼んでも気づかないくらい集中して、最善策を導き出してください」

「……リオン、ありがとう」


 リオンの言葉に背を押され、私は思考を走らせた。

 急いで、急いで、けれど冷静に抜けは無く。取るべき手段を考えて。


 ――――しばしの黙考の後、私は指示を出したのだった。



☆☆☆☆☆


 

 嫌な予想ほど当たるものだ。

 

 体調を崩したメアリと彼女の従者を寝かせ、私を含め、メアリらと接触のあった人間の隔離の手配を終えたところに。

 凶報は舞い込んできたのだった。


「ダイディース子爵領との境界の検疫で、黒死病疑いの患者が見つかった?」


 ペスト収束後もしばらく、念のため検疫は続けていた。

 ダイディース領はうちの西に位置する子爵領で、メアリたちが通過した場所でもある。

 ダイディース子爵から、ベスト患者が出現したとの報告は受けていなかったが……。


「……隠蔽、していたのね」


 苦い思いが湧き上がり、やるせなさへと変化していく。


 感染症流行の原因の1つは、為政者による患者の隠蔽だった。

 患者に非は無くても、感染症の流行地域から人は逃げ金は流れ出していく。

 ダイディース子爵は自領の利益を守ろうと、ペストが再発したことを隠し、秘密裏に対処するつもりだったのだ。


 彼の気持ちも理解できなくはないが、今はただただ恨めしかった。

 メアリから採取した検体を私のスキルで鑑定した結果、ペスト菌の存在が確認されている。

 おそらくはダイディース子爵領を通過した際に、ペスト菌を拾ってしまったのだ。


「……不幸中の幸いは、お父様が仕事で屋敷を空けていてメアリ達と接触が無かったおかげで、隔離対象から外れたことね」

 

 私やリオン、それにメアリが来た時に屋敷にいた人間は、感染の疑いがあるため隔離の対象だ。


 そんな今、ペスト対策の指揮はもっぱらお父様がとっていた。

 公爵家当主であるお父様まで隔離対象になっていたら、ますます対策が遅れていただろうから、せめてもの幸運だ。

 

 今のところ私にペストの症状は出ていないとはいえ、ペストには2~7日ほどの無症状の潜伏期間があるため、現時点での感染の有無の判断は不可能だ。

 

 予防的に抗菌薬を飲んだとはいえ、私も安全とは言い切れなかった。

 お父様達とは極力接しないよう、屋敷の離れに閉じこもっているしかないのだった。


「イリス、お願いがあるんだ」


 ノックの音ともに、カイルが部屋に入ってくる。


 感染疑いの彼は私と同じように、この屋敷の離れに隔離されていた。

 隔離されている人間同士の接触も、できるだけ最小限にするよう通達してあったけど……。

 カイルは思い詰めた表情で、幽霊のように顔を青ざめさていた。

 

「お願いだ。俺にどうか、メアリの看病をさせてくれ」

「駄目よ。カイル様は黒死病患者の看病の訓練を受けていないもの。看病するうちに、カイル様まで黒死病にかかってしまう危険があるわ」


 メアリたち発症者の看病を任せているのは、こんな事態に備え、以前から感染防護の訓練を施しておいた使用人だ。

 マスクや手袋、ガウンなどで感染防護策を徹底させているが、それでも感染の可能性をゼロにするのは不可能だった。


 感染防護の訓練を受けていないカイルが看病役に志願したところで、感染の危険性が増大するだけ。

 メアリが心配でたまらず、いてもたってもいられない気持ちは痛い程わかるけど、聞き入れられない話だった。


「っ、だがっ、今もメアリは苦しんでっ……!!」

「メアリたち感染者には抗菌薬……黒死病の薬を飲ませたわ。数日もすればおそらく、回復に向かうはずよ」

「……おそらくってことはつまり、治らないかもしれないんだろ?」

「……必ず治ると、断言はできないというだけよ」


 前世の知識を元に作った抗菌薬は、ペストに対する特効薬と言えた。

 が、残念ながらどんなに良い薬だって、100パーセント助かるとは言い切れないのだ。

 体質に合わないかもしれないし、発症前の健康状態が悪い場合は、体力が持たないかもしれなかった。


「っ、くそっ……‼」


 ぐしゃりと、カイルが髪をかき乱した。

 今すぐにでも、メアリの元へ向かってしまいそうな焦燥っぷりだ。


「カイル様、落ち着いてください。焦る気持ちも十分理解できますが―――」

「……せいだ」

「え?」

「……俺のせいだ。メアリが今苦しんでるのは、俺のせいなんだ」

「違います。悪いのは黒死病で、カイル様は何も―――」

「今回ここに来たいって言いだしたのは俺だ」


 ひび割れた声が、カイルの唇から漏れ出す。


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