27話 天使と悪魔と僕と俺
天使のようなフランツだが、ヤンデレ乙女ゲーの攻略対象らしく、別の顔を持っているのだ。
ゲームを進めると、まるで別人になったフランツに、私含む多くのプレイヤーが驚いた。
天真爛漫な振る舞いで癒し枠なフランツが、個別ルートでは豹変。
現れた別人格は残忍で狡猾、とても独善的な性格だった。
当然ヒロインも戸惑うが、紆余曲折山あり谷ありの結果、別人格ごとフランツを愛し、結ばれることになる。
二重人格者である自分を受け入れてくれたヒロインを、フランツは別人格の分も合わせて一人で二人分、深く深く愛することになる……というのがグッドエンディングの概要だ。
選択肢を誤った場合はフランツのヤンデレが悪化し、表人格と別人格が体の所有権を奪い合った末に、ヒロインと無理心中するバッドエンドが待っている。
『「僕」と「俺」の両方が君を手に入れるためには、もう殺すしかないよね?』
怖いよ。
フランツのセリフが軽くトラウマだ。
愛って怖い。ヤンデレって恐ろしいね。
「私はヒロインじゃないし、フランツからのヤンデレの心配は無いはず……」
その点だけは、転生先が悪役令嬢で良かったかもしれない。
こちらからフランツに近づかなければ、私の死亡フラグも折れるはずだ。
フランツや父親の辺境伯には、できるだけ関わらないのがいいのかもしてないけど……。
「フロース辺境伯の領地は、この先重要だからなぁ……」
それが悩みどころだ。
ゲームの通りならば、二年と数か月後。
私が13歳の時に、この国を災いが襲うことになる。
黒死病の流行で、貴族平民問わず多くの犠牲者が出るのだ。
黒死病……すなわちペストの流行は恐ろしい。
発症すると高熱と全身の痛みに苛まれ、多発する皮下出血が黒い斑点となり、最後には苦しみ抜いて死んでいく――――それが黒死病と呼ばれる理由だ。
幸い、前世では抗生物質の活躍もあり日本ではほぼ撲滅されていたが、歴史に大きな爪痕を残した感染症として有名だった。
前世のヨーロッパで大流行した際には、人口が半減したという説もある程だ。
ゲーム中の私は感染しなかったようだけど、この先大丈夫という確信は無かった。
薬が作れるとはいえ死んでしまう可能性もあるし、痛いのも苦しいのもごめんだ。
「犠牲者を抑えるためには、感染対策が必要よね……」
いくつか考えはあるが、公爵領内だけでの対策では限界がある。
細菌には国境も何も関係ないもんね……。
ゲーム中でペストの詳細な被害状況は語られていなかったけど、フランツのルートで、
『僕の実家がある辺境伯の領地でも、流行の初期から黒死病による死者が出ていました』
というセリフがあったのを覚えている。
フロース辺境伯の領地は海に面しており、交易が活発だった。
港に入る船舶からの感染がおそらく、この国のペストの感染ルートの一つだ。
感染症対策の場合、港や船舶への措置が重要になってくる。
前世で学んだ一例で、英語では検疫のことをquarantineと書くけど、語源を辿るとこの単語はイタリア語の「40日間」になるのだ。
これは14世紀にヨーロッパでペストが大流行した際、イタリアにペストを持ち込ませないよう、やってきた船舶を40日間、沖に停泊させた故事に由来している。
これから本格的にペストへの対策を行うなら、港や船舶での検疫が避けられないのは確かだ。
「そのためにはフランツのお父さん、フロース辺境伯とは仲良くなっておきたいのよね……」
今回の招待を足掛かりに、フロース辺境伯と信頼関係を築いていき、ペストの予防策を採用してもらうのが理想だ。
幸運なことに、シャボン玉石鹸については興味を持ってもらえている。
加えてもう一つ、辺境伯の心証を良くできそうな事柄があった。
「フランツの誘拐事件……」
11歳の時誘拐されたことがある、と。
フランツの個別ルートで語られていた。
その誘拐事件こそが、フランツの二重人格の原因。
誘拐犯に監禁され強い恐怖に晒され、フランツは別人格を生み出したのだ。
心理面での逃避行動の一種であり、痛ましい過去だった。
ゲーム通りなら、誘拐犯の黒幕はフランツの叔父だ。
フランツを人質に、辺境伯の地位を強請り取ろうとしていたらしかった。
「もうすぐフランツ10歳の誕生日なら、誘拐事件はまだ起こっていないはず。フランツ叔父が誘拐計画を進めている証拠を見つけて、フランツの父親の辺境伯に教えれば、感謝されるはずよね?」
誘拐事件を防げば。
フランツは怖い目に合わず、私は辺境伯に恩を売ることができる。
一石二鳥だった。
フランツのルートは前世でエンディングまでクリアしたから、情報が生かせるはず。
辺境伯の信用を得てペストの流行を防ぐためにも、ここは頑張ってみることにしよう。
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