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第九十四話 芹ちゃん、水泳の授業を受ける

芹視点です。

 六月に入り少しずつ蒸し暑くなってきた時期、ようやく水泳の授業が始まった。プールの傍にある更衣室でスクール水着に着替えないといけないのだけど、なんと楓が巻タオルを使って着替えていた。妙に似合っているけど、高校生としてはどうなのだろう。


「ねえ楓、なんで巻タオルなんて使ってるの?」

「あやくんが男子更衣室で着替えるために用意したので、せっかくだからわたしも使おうと思いまして。お揃いです」

「仲がいいわね本当」


 楽しそうに着替える楓。その身を包むのは紺色のスクール水着だ。ただし、アタシ達のものと違ういわゆる旧型スクール水着で、胸元にはさくらいと平仮名で書かれてあるゼッケンが縫い付けられている。


「それで授業受けても大丈夫なの?」

「一応大丈夫らしいですよ。一番小さい水着でもぶかぶかでしたので、特別に用意していただきました。ゼッケンはあやくんがこうした方がいいって」

「彩芽君、意外とお茶目よね。ほら、一緒に行くわよ」


 楓を連れ消毒槽に浸かりシャワーで洗い流し、プールサイドへと出る。水泳部が県総体に出場する程度には強豪だからか、はたまた外から覗かれるのを防ぐためか屋内プールとなっていた。


「お外じゃなくてよかったです」

「そうね。雨の中で泳ぐのは避けられるし、夏になって地面で足が火傷しそうにもならないし、言うことないわね」

「ほらほら、みんな集合しなさい。準備運動始めるわよ」

「「「はーい」」」


 ホイッスルの音と先生の呼びかけで集まるアタシ達。プールの半分を使い授業を行うようで、男子は逆側のプールサイドに集合している。遠目でも心節君の鍛えられた体は目立っていたけど、それ以上に注目を集めていたのは妙ちきりんな水着を着た彩芽君だった。


(あれ、あとで絶対にいじられるわね)


 準備運動中でもひそひそと彩芽君の水着に関する話題が飛び交うほどだ。


「ほらみんな、あの子の水着が面白いのはわかるけど、真面目にやらないと怪我じゃ済まないわよ?」

「「「はーい」」」


 注意されてしまった。まあ水泳で準備運動を怠ると大変なのはわかるので念入りに行った。そのせいで約一名が準備運動で疲れてしまった。


「いきなり泳ぐんじゃなくて、少しずつ慣らしてからよ」


 その他注意事項を先生から伝えられ水に入る。泳ぐのに最適の水温だったが水深は意外に深く、小柄な百合さんや川平さん辺りは背伸びしないと辛そうだった。


「あ、あの......」

「大丈夫、支えてあげるから」


 楓はもちろん背伸びしてもどうにもならないので、同じコースで泳ぐアタシや女の子達が肩を貸し、さらにビート板を持たせてあげた。


「あの、なくても泳げますから」

「そうじゃなくて、足が付かない以上待ってる間は浮かぶしかないんだから、体力の消耗を抑えるためよ」

「はぅぅ、わかりました」

「さて、そろそろ本格的に泳いでもらうわよ。二十五メートルをクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライで泳げるかしら?」


 事故を避けるため疲れたら途中でリタイアしてもよく、始めから泳げそうにない泳法は辞退しても構わないそうだ。普段の体育の様子から考えると楓が泳げるとは思えなかったので、当人に再確認した。


「大丈夫なの?」

「その、水泳は割と得意ですから」

「そう。でも無理はしたら駄目よ?」

「芹さんは心配しすぎです。わたしだって出来るんですから」


 順番が来た楓はクロールで泳ぎ始めた。そのフォームは意外と綺麗で、スローペースながらも確実に前へと進んでいる。


(あら、これなら意外といけそう?)


 半分を過ぎた辺りで速度は落ちたが息継ぎは問題なさそうだった。そして、そのまま二十五メートルを泳ぎきった。正直、途中で体力が尽きると思っていたので驚いた。


「おー、楓たん頑張ったね」

「泳げたんだ、意外」

「楓たんが出来たなら私も頑張ってみようかな」


 そう思っていたのはアタシだけじゃなかったようで、あちこちから拍手が巻き起こった。ただ、祝福された当人はいつまでもプールサイドに上がる気配がない。心配になり近寄って話しかけてみた。


「どうしたのよ?」

「はぅぅ、上がれません」

「まったく、締まらないわね」

「はぅぅ、すみません」


 一度プールに入り楓をプールサイドへと引き上げてから、スタート地点に戻った。自分の順番が来るからだ。特に泳ぎも苦手じゃないので、あっさり泳ぎ切って楓の隣に座る。


「それにしても、楓がクロールで二十五メートル泳げるとは思わなかったわ」

「はぅぅ///」

「ところで次は平泳ぎだけど、体力大丈夫?」

「クロールよりは得意ですけど、体力がその」


 自信なさげに答える楓。実際に泳いでいるところを見ると確かにクロールよりも安定していた。しかし本人の懸念通り最後の方はほとんど力尽きてしまい、流されるようにゴールする楓。溺れる一歩手前のその様子に、先生は慌てて楓を引き上げた。


「リタイアしてよかったのよ? この様子だともう無理っぽいわね。保健室行く?」

「だ、だいじょうぶです」

「なら見学ね」


 背泳ぎとバタフライは体力的に明らかに無理そうだったので、先生から止められていた。もっとも、体力が残っていてもその二つは泳げないとのことなので、どのみち見学になっただろうけど。


「さてと、最後に今日の順位を発表しようかしら」


 各泳法でタイムの速かった数名が名前が呼ばれる。アタシは全ての泳法で名前を呼ばれ、牡丹さんもアタシよりも上という結果だった。だけど一番の驚きは、総合順位で百合さんがトップだったことだ。


「昔から水泳じゃ絶対に勝てないのよね。あの子の前世は半魚人じゃないかってずっと疑ってるのよ」

「牡丹! なんてこと言うんだよ!」


 自由時間となった瞬間、プールの中で百合さんと牡丹さんの追いかけっこが始まった。そして、二人が好タイムを叩き出した理由も理解したのだった。

お読みいただきありがとうございます。

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